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[コメント] ザ・コーヴ(2009/米)

本人達は真剣なのだろうがスパイごっこのようなサスペンス演出が稚拙で笑える。彼らの見解に賛同する人には、この正義による邪悪(イルカを殺戮する愚かな未開人)の告発という「わんぱくフリッパー」による「スパイ大作戦」は、さぞスリリングで痛快に映るのだろう。
ぽんしゅう

プロパガンダとしては非常に非力な映画である。何故なら、このアカデミー賞に輝くドキュメンタリー映画は、この私の薄い薄いナショナリズムをくつがえして、イルカ殺しは罪悪だと洗脳することすら出来なかった。

ルイ・シホヨスという演出家のはイルカ漁の是非どころか、保護団体と漁民たちとの心情の齟齬や葛藤などという面倒な問題にはあまり関心がなさそうだ。彼が撮ろうとするのはリチャード・オバリーという酔狂な活動家と、イルカの屠殺といエキセントリックな素材を基に展開されるサスペンスもどきの撮影隊の武勇伝である。

イルカを食べる意味や殺す方法、肉の安全性に一瞬はふれるが、そこから先はおざなりだ。イルカを殺戮する愚かな未開人の「不思議な風習」にすらまったく興味は示さない。当然なのだろう、そんなところに足を踏み込んでしまったら、話はどんどんややこしくなるに決まっている。ルイ・シホヨスが目指すのは、ただただ分りやすく観客の感情に訴えかけるセンチメンタルな動物愛護映画だ。

この良心(正義?)が悪を一方的に告発するという、分り易い善悪二元論の流行はマイケル・ムーアが『ボウリング・フォー・コロンバイン』(アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞)や、『華氏911』(カンヌ国際映画祭最高賞)で喝采を受けて世界を席巻して以来、いたるところで重宝されているのだが、私はこの流行はドキュメンタリー映画にとって誠に不幸で悪しき出来事だと思っている。

銃規制に反対する団体や企業、アラブの石油資本と結託する大統領、愛すべき高等動物を殺して食う野蛮人。敵方を一方的に攻撃すれば確かに味方の賛同と喝采は得られるが、その感情的な矛先は敵方のさらなる憎悪をかき立てる。ちょうどこの映画が、程度の差はあるにしろ、ほとんどの日本人にある種の居心地の悪さをいだかせるように、対立する両者の溝はますます深まるだけである。

現象に対する一方の側からの善悪二元論アプローチは、ドキュメンタリーといいう方法が秘めている本来の可能性を奪い作品をどんどん痩せさせる。作意を持つなと言っているのではない。ドキュメンタリーにも、もちろん作者の作意が必要だ。ただ、その作意は、分り易さを求めてあらかじめ用意された結論を選択することではなく、制度や習慣や人間の分り難さのなかへ、あえて踏み込んでいく覚悟とともにあるべきなのだ。そのとき、ドキュメンタリーは本来の芳醇さを取り戻し、見る者の価値観を揺さぶる感動を生み出すことだろう。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)IN4MATION[*] DSCH 3819695[*] 赤い戦車

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