[コメント] 戦争と一人の女(2012/日)
不感症でありながら、あっけらかんと男たちの間を行き来するこの女(江口のりこ)は、まるで焼け跡をひらひらと舞う蝶のようである。戦争が終わったら〈あいの子〉をいっぱい生んで、日本を〈あいの子の国〉にしてやると女は言い放つ。これ、妙に説得力がある。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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なるほど、敗戦から現在までの社会をカタチ作ってきた「我々」とは、日本人の姿を持ちながら西洋思考に侵食された頭を持った〈あいの子〉なのかもしれない。
いや、力ずくで組み伏せられたこの女は快感とともに強姦魔の子を身ごもったようだ。すると「我々」は娼婦と精神的不能者(村上淳)の末裔ということだ。確かに父性コンプレックスの裏返しのような高度成長の末に、すっかり自信喪失した現代の男社会と、我慢強く現実を受けとめる女たちの姿は、すでに〈あのとき〉に決まっていたのかもしれない。
この物語の根幹を成す、現実を受け止め淡々と生きる女と、現実に耐え切れず押しつぶされる男という関係は、典型的なロマンポルノのシチュエーションのひとつだ。ロマンポルノはもちろん女が主体の映画だが、女を輝かせるためには、陽性であれ陰性であれ男が魅力的であることが欠かせないことは傑作と呼ばれるロマンポルノ作品群が証明している。
ところが、この作家(永瀬正敏)には、この女(江口のりこ)を受け止めるだけの魅力が微塵もない。安吾風なのか太宰気取りなのかは知らぬが、ステレオタイプで実につまらない。何が何だかよく分からないというか、何もない男だ。もし、この作家像がきっちりと描けていたなら、女(江口のりこ)のバイタリティーは数倍輝きを増していただろう。
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