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[コメント] 日本の夜と霧(1960/日)

個人の意志で体制と対峙することは比較的たやすいが、体制を変革するには集団としての運動が必要となる。ひとたび個人が集合体の一部と化した瞬間から、その集団が新たな体制となる矛盾。空虚なアジ演説の前に呆然と立ち尽くす若者達。やり場のない虚しさよ。
ぽんしゅう

この映画の理解のために、背景となっている当時の学生運動の状況を踏まえながら整理しておきます。 すでにご存知の方には蛇足かもしれません。関心のある方だけお読みください。

映画では二つの世代の活動家が登場します。ひとつは自治会リーダー中山(吉沢京夫)や渡辺文雄戸浦六宏の六全協世代。もうひとつは津川雅彦桑野みゆき、北見(味岡亨)の60年安保世代です。

■六全協世代の対立

主に55年(昭和30年)前後に学生だった、現在70歳をむかえようとしているお爺ちゃんお婆ちゃんの世代です。32年生まれの大島渚監督もこの世代です。当時の学生運動は全学連(全日本学生自治会総連合・48年結成)による学生寮の自治権獲得運動をベースに日本共産党のメンバーが主導権をもって活動を進めていました。この世代に大きな衝撃を与えたのが六全協(第6回共産党全国共闘会議)です。今では信じられないかもしれませんが、当時の日本共産党は火炎ビンによる暴力闘争も辞さないという過激な活動方針を掲げていました。しかし、この六全協でそれまでの指導部は極左冒険主義として非難され活動方針が180度転換され、党員が主流を占めた全学連内部も大混乱に陥ります。映画では党の方針に従って穏健路線に転じ、フォークダンスと合唱に精を出す中山(吉沢)、渡辺小山明子と、党員でありながら反主流になった佐藤慶、一般活動家戸浦との不信感がこの世代の深い溝として描かれています。

■60年安保世代の対立

60年(昭和35年)頃の学生で、現在60歳を過ぎたあたりの定年おじさんやカルチャー教室を占拠するおばさん達です。60年安保闘争は、ご存知のように岸内閣が強行採決した条約改定を阻止しようとした一連の闘争です。東大の樺美智子さんがデモ中に死亡したことでも大きな問題になりました。この時代には、すでに全学連は中山(吉沢)や桑野が所属する日共系と、津川が所属する反日共系にはっきり色分けされていました。反日共系は角材を手に戦闘的なデモを繰り返し投石や火炎ビンで機動隊と激しく衝突し全学連主流派と呼ばれるようになっていました。一方、日共系は一部を除いては過激な街頭闘争は行わず整然とデモを繰り返すばかりで全学連では反主流派と呼ばれる状況でした。そして安保条約が6月15日の午前零時をもって自然承認されるという状況にいたり、国会前へ続々とデモ隊が押し寄せます。映画でも傷を負った北見(味岡)は病院を抜け出し国会前へ出向くわけです。しかし日共系のデモ隊は中央の指示で、夕方には流れ解散し組織としての行動を放棄してしまいました。それを津川は怒っているんですね。これ以降、全学連は共産主義者同盟(ブント)の指導下に置かれ日本共産党の学生組織は全学連への影響力を失います。

■二つの世代の相違

映画に登場する六全協世代と60年安保世代の間には、大きな意識の違いがあるような気がします。戸浦らの六全協世代は反権力を掲げながら、どこか組織や人間に対して常に懐疑的な態度をとります。一方、津川らの60年安保世代は純粋に、あるいは妄信的に組織や人間を信頼しているような印象を受けます。これは、二つの世代の敗戦体験による違いではないかと思います。敗戦時、戸浦の世代は10〜12歳です、津川の世代は5歳前後です。大人たちは手のひらを返したように昨日までと違う事を言い、教師には教科書を墨で黒く塗りつぶすことを強要される。そして育ち盛りを襲う空腹。10歳前後であれば、その価値の大転換により社会や人間に対する不信感が芽生えたとしても当然です。一方5歳の子供に、そんな混乱は起きようはずはありません。今起こっている敗戦後の状況をごくあたりまえの身の回りの出来事として受け止めるだけだったのではないでしょうか。戸浦の世代が挫折や不信を身体で覚えたとすれば、津川の世代は成長するに従い自分達の親の世代が起こした過ちを知りそれを頭の中で理解した世代だったのではないでしょうか。だからこそ彼らには、あの時点では新しい社会を自らの手で作るという自信と希望だけの「青春」を生きることができたのかも知れません。

映画の中だけではなく実生活の上でも、この二つの世代の方達と話をするといつもそんな事を感じてしまいます。

※私が知る範囲の知識に基づいて上記の文章を作成しました。事実との相違点があればご指摘ください。ただし、思想信条、主義主張に基づく見解の相違による訂正には応じかねますのでご了承ください。(02年8月記)

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