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[コメント] すばらしき世界(2021/日)

結局今この世知辛い世の中をどう生きていくべきなんだろう。肝心なところをこの監督はこちらに委ねてくるからいやらしい。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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西川美和監督の最新作ともなれば見に行くしかないですね。好評も聞いていましたし、日本の中でもトップクラスの女性監督だと思うのでかなり期待値は高かったですが、それを上回るだけの作品だったと思います。

脚本はもちろん面白いのですが、まず触れたいのは役所広司の演技ですね。人生の大半を殺人の罪で刑務所で暮らし、15年ぶりのシャバの生活を送ることの生き辛さを完璧に表現していました。

ただ、この三上という男は当然周りから白い目で見られるわけですが、とにかく真っ直ぐに生きるんですよね。自分の中の正義を貫く。それ自体は悪いことじゃないですし、そんな人柄に惹かれる人が多いのも事実、さらに言えば見ている観客も惹きつけられるわけですが、そのリミッターが外れるとどうしようもないのが欠点でもありまして。最初は下の階の住人にブチ切れるシーンがありましたが、まじでスイッチが入った時の三上のオーラは怖いんですわ。まあ、以降は「やっちゃったー。。」って感じになるんですけども(笑)それでもこの人を見捨てたくないというか応援したいというか、そういう人が自然と集まってくるんですよね。もう三上というキャラクター、それを熱演した役所広司には文句なしで拍手を送るしかないと思います。

そんな本作は三上その人に十分過ぎるほどの魅力があるわけですが、本作のテーマはもっと深いところにあるわけですよね。 一番心をえぐられるのは、やはりラストの介護施設でのくだりですね。同じ職員の障がいを抱える人に対しての陰口や冷やかしたモノマネ、それを笑う周りの人間たち。 彼は何でも真っ直ぐで、何でも白黒つけるタイプの人間で、だからこそ去り際のコスモスに申し訳なさで涙が浮かぶのだろうと思います。

ただ、あそこでグッとこらえられたのは、やはり周囲の友人の存在が大きくて、就職祝いの食事会は最高の瞬間だったはずなんです。

ソーシャルワーカーの人は「繋がりを大切に」と言っていました。その繋がりの大切さも学びました。でもそれは、今までみたいに白黒はっきりとケジメをつけてたらその繋がりを保つことはできなくて、それは職場でも周りにうまく合わせることであり、道端で知らないおっさんが絡まれてても助けないこと。 そういう正しさってものを追求していっても、結局グレーゾーンで生きていくことが正しさなのか。その世界が素晴らしいのかと言われると、はっきりと答えられない世界。それが我々の生きる世界なんでしょうね。

冒頭は雪が降り積もる旭川の刑務所のシーンからスタートしましたね。「錆びた時計を修理に出すほど優しい所じゃない。」と言っていた看守。冷たく愛のない世界とのうまい比較だと思いますが、果たしてシャバの世界は温かくて素晴らしい世界かと言われると、たしかに優しくて温かい面もありますが、一概にそれだけとは言い切れませんね。

でもそれに嘆いているだけなら何も変わらなくて、長澤まさみの捨て台詞で「撮らないのなら止めなさいよ。撮るんなら伝えなさいよ。」ってのはズシリと来ます。結局何も行動に移せないというのが一番ズルくて。それをスパッと一言でまとめたのも本当に最高だと思います。

津乃田はあの直後からカメラなどのフィルターを介して関わるのでなく、直接向き合おうとしますよね。 本作の影の立役者は間違いなくこの津乃田でしょうね。仲野太賀という役者もイマイチ知りませんでしたが、いい役者ですね。彼自身の成長も描きつつ、たとえ最後は悲しい結末にはなったとしても、二人の間に芽生えた絆は本物であり、それがいかに人間を支えるかということが本作においては非常に大事なテーマになっています。あの風呂場のシーンは思わずグッときました。

たぶんあの道端で助けに入ることが正義だってのはみんなわかってて、あの介護施設で言い返すのが本当はすべきことなんだってのもわかってて、それでもそんなことはできずに見過ごしたり口を閉ざすのが現実なわけです。反社の人たちとも関わっちゃいけないし、良くないとわかっていても、仁義ってある意味そういうものなのかもしれないとも思えてきて。三上のやり過ぎちゃうとこはもちろん正しいとは言えないけれど、でも間違っていても好かれているのはたぶんそういうところだと思うんです。 人はどう生きていくべきか、なんて難しいですし、現実それを貫いてたら世知辛くてたまらないんでしょうけど、自分と関わってくれる繋がりは大切にしつつ、そういう気持ちは忘れないように心に持ち続けたいと思います。

(評価:★5)

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