[コメント] ケイコ 目を澄ませて(2022/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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できれば新年一本目は劇場で見れたらとも思っていたので、ということで昨年末から上映されていて気になってた作品をチョイスしました。岸井ゆきのさんが主演で、聴覚障害のボクサーを演じるということで、彼女の演技力に関しては言わずもがなですが、それにしてもまた難しい役を演じたものだと感心させられます。
とにかく冒頭から岸井さん演じるケイコに対しての覚悟が伝わってきましたね。ジムの更衣室で鏡越しに背中を写されるシーンがかなり序盤であります。女性が服を脱いでいくわけなので、それこそドキッとさせられる思いもあったのですが、邪念が一瞬で吹き飛ぶほどの逞しい背中に別の意味でドキッとさせられます。 その後のミット打ちの本格さ加減たるや凄まじい迫力でしたね。スピード感に音、表情、呼吸。そういう要素が一手に詰まっており、岸井ゆきのとしてではなく、一女性ボクサーとしてのケイコにグッと入り込めました。
女性でボクサーであると同時に聴覚障害でもあるため、そのための描写とかもかなり丁寧に描かれていましたね。 それこそ声をかけないと気づかないとか、朝起きる時はタイマーで扇風機かけるんだとか。そんな些細なことまでのこだわりは感じました。
ただ、本作のテーマ性ってそういう聴覚障害だとか女性ボクサーだとかいう特殊なマイノリティ映画にしたいわけではなくて、かなり普遍的なテーマ性であるように感じました。
というのも本作において、ケイコが聴覚障害で苦労する描写ってそれほど多くなかったように思えたんですよね。それこそ差別偏見的な扱いをされているシーンも目立たなかったように感じましたし。それは自分が健常者の視点でしか見れてないのかもしれませんが、周りのケイコの個性を理解している人は下手に気を遣い過ぎず、かなり寄り添っているように思えましたし、そういうテーマ性にしたくないんだろうなって思えたんですよね。
むしろ聴覚障害であるというよりも、自分の思いをいかに相手に伝えるか、そのことの重要性。そういうことだと思うんですよね。 ある種、それはケイコが聴覚障害であるからというのもあるのかもしれませんが、たとえ会話が何ら問題なくできたとしても自分の思いを伝えることって難しく、そもそも伝えようともしない人ってたくさんいるでしょうし、ケイコはそういう意味で、話せない人ではなく話さない人であるように表現されていました。
結局身近な人ですら話さなきゃ何もわからないわけで、特に本作において根幹にあったのが「なぜボクシングを続けるのか」ってことであって、それこそ会長も「よくわからない」と取材に答えたり、身内の弟ですら、「お姉ちゃんも感情あるんだね」って冗談混じりで言ったりと、どれだけ身近な存在であっても言わなきゃわからないんですよね。
だから結局ケイコが抱える葛藤だとか目的だとかは多くは語られないわけで、そういうところが設定と絡めて上手いなって感じた部分でもあります。 ただ、それを語らずとも語る以上にメッセージを送ってくるような岸井ゆきのさんの演技は素晴らしかったですね。殊に会長とのシャドーボクシングのシーンは至高だと思います。
あとは地味にキーマンだったのは弟のガールフレンドですかね。お互いの壁を取っ払っていくために必要なのは、やはりコミュニケーションなんだと実感させられますし、その後のシャドー&ダンスを引きの定点で映したシーンとか素晴らしかったです。
手話をテロップと無声映画みたいな感じの2種類で使い分ける緩急とかも良かったですね。音とかも無駄に音楽に頼るでもなく、素晴らしかったです。文句なしの良作だったと思います。
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