[コメント] 正欲(2023/日)
分かり合えない、分かってもらえないという話しが分かりやすく語られる。ただし物語のなかの彼らは分かり合えたのか、いまだ分かり合えていないのか、それは分からない。人は自分のことだけで精一杯なのだ、ということは分かった。まさに正しい欲についての正論。
原作(未読です)のエッセンスを巧みに構成しただろう港岳彦の脚本。そのツボを岸善幸は奇をてらわず正攻法で見せていく。正常と異常の視点の逆転を示して、私のようなフツーを自認する者をどきりとさせるシーンが3箇所あった。
ひとつ目は、私(たちマジョリティ)が正しい思い込んでいる行為の滑稽さが浮き彫りにされるベッドシーン。カップルが繰り広げる"模擬行為”は、私たちが正常だとしている行為の正当性を揺さぶり始める。私たちが自認している「正しい性欲」や「正しい性行動」のなんと奇異なこと。我が身を振り返って気恥しささえ感じてしまう。
二つ目は女子大生の告白シーン。この世の中に自分が“存在”することを確信するために死にもの狂いで思いを伝えようとする女。一方、男は自身が世の中に“存在”する価値を死守するために女の意思を頑なに受け付けない。彼女と彼は対立しているように見えて、互いに自分を譲らないという点で共鳴し合っている。そこに対立と共感の混沌をみた。感情を抑えるキャラクターたちのなかで東野絢香は性癖が身体の反応としてストレートに表出する役を得て強い印象を残す。
三つ目は検事と主婦の対峙シーン。合理のなかに徐々に感情が入り込み尋問は取り調べに必要な域を一瞬逸脱する。そのとき検事は“必要な人"の意味を理解したかみえる、が納得はしていないかもしれない。人はなぜ人を必要とするのか。その問いは「滑稽なベッドシーン」と呼応し合う。
安易な希望に流されることもなく、とは言え希望を捨てるでもない良作でした。
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