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[コメント] 陸軍(1944/日)

ラスト10分で国策映画から木下恵介の映画に切り替わった途端に、カメラは尋常でない程躍動する。そこに木下の作家性が見えるのは勿論だが、本当に身震いするのは、「勝利」への希望も入っている点である。後世の我々が軽々しく「反戦」などとは言えない。
sawa:38

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ラストの出征見送りのシーンは陸軍省がクレームをつけたという。確かに、それまでの「国家への無償奉仕」という絶対的な国策を淡々と撮っていた作風とは、がらりとトーンが変化し、田中絹代の超長廻しのアップショットに始まり、凄まじい勢いの移動撮影など、映画は躍動し始める。

これでは誰が見ても、それまでの国策映画に対するアンチテーゼとしか思えない。そこに戦後に巨匠となる木下恵介という作家性をみてとるのは全く正しい。

ただし、現代の我々からするとラストシーンの田中絹代の祈りの姿は「アンチ国策」と捉えて正しいのだが、それは平和な今日の我々から見える「結果論」に過ぎない。

あの胸を張って行進する兵士たち、英雄をみる視線で見送る小倉市民たち。そして田中絹代の手を合わせる姿。時は戦時中である。昭和19年11月、B29がサイパン基地を出発し、日本本土に向かった頃の作品である。前月には最新鋭戦艦の「武蔵」すら撃沈され、無敵と思っていた「神国・日本」に暗雲が漂っていた頃の作品である。

私は思う。単なる「反戦」・「アンチ国策」などとは思えない。勿論それらも強く感じるが、それ以上に「堕ち行く神の国」を救ってくれという、絶望と願いとが入り混じった凄まじい勝利への希望が込められていたと思うのだ。

この作品の役者もスタッフも後援する陸軍省も、翌年に起こる敗戦という未来の事実を知らない。後世の我々が軽々しく決死の「反戦」姿勢などとは言えない。言う資格が無い。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)irodori 氷野晴郎[*] TOMIMORI[*]

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