[コメント] 恋する惑星(1994/香港)
「香港」という都市の名にポップなイメージを感じるようになったのははいつ頃からであろうか? 現在、香港は老若男女幅広い世代の日本人に支持されるメジャーなデスティネーションの一つであるが、以前は香港旅行といえば年配女性のブランド買い物・グルメ旅のメッカとしてのみ有名であり、社会やサブカルチャー等、香港の存在自体へ関心が及ぶ事は少なかった。また、昔はスケベオヤジ達の遊び場的なイメージもあったようだ。 当然、女子大生の行きたい旅行先でも常にヨーロッパ・アメリカなどの後塵を拝していた。香港でグルメやブランドショッピングなど楽しい旅のひと時を過したいとは思っても、ニューヨーカーやパリジェンヌに憧れるように香港での生活を夢想する人は極めて少なかったのだ。
香港映画に目を転じれば、ブルース・リーやジャッキーに代表される「カンフー・アクション」、「キョンシー」などのイロモノ、ハリウッドのパクリ映画や粗製濫造される作品、といった怪しくB級なイメージが強かった。そのごった煮感・無秩序なパワフルさが香港(香港映画)の魅力なのだが、長らく日本人はその画一的な先入観から、香港映画自体を映画ジャンルの中でもキワモノ扱いしていたと思う。どちらかというと私もそうだった。本作を見るまでは・・。
この作品は予告編からして際立っていた。フェイ・ウォン歌うキャッチーなテーマソング「夢中人」とクリストファー・ドイルの疾走感あふれるカメラワーク。今は無き啓徳空港へ、有名なホンコン・カーブを描いて九龍の街並みすれすれにアプローチするジャンボ・ジェット。スチュワーデス、インド人、エスカレータ、パイナップル・・・。猥雑な香港の都市の魅力を保ちつつ、スタイリッシュさを秘めたこの予告編は「なんかよく解らんが、とにかくポップでスゴそうだ!」と観客を圧倒するパワーに満ち溢れていた。
本編を見て、その思いをより強くした。この作品は、香港・九龍(カオルーン)に実在する、バックパッカーとインドやパキスタンなど旧英領からの不法滞在者の溜まり場の、安宿集合高密度雑居ビル「重慶(チョンキン)マンション」と、香港の六本木と言われる ランカイフォン地区にあったバーガーショップ「ミッドナイト・エキスプレス」を舞台に、しなやかに交錯する都市の人間模様を描いた映画で、個人的には「恋する惑星」なんていう、へなちょこで恋愛至上主義的日本市場に媚びた邦題より作品の雰囲気を濃密に感じさせる原題の「重慶森林」(Chungking Express)で公開して欲しかったなと、つくづく思う。
本作は2つのエピソードのオムニバス形式になっており、前半と後半でストーリー的な相関関係は殆ど無い。前半パート・後半パートのそれぞれの主人公達も「重慶マンション」、「ミッドナイト・エキスプレス」を舞台に少しすれ違うだけの仲でしかない。2つの舞台を軸に、登場人物の人生が少しづつすれ違い、時に交錯し新たな方向へと進んでいく。本作の原題(英題)はそんな都市群像と人種の坩堝的な香港の魅力を上手く表現していると思う。もっとも「重慶森林」で公開されたら、これほど一般受けせずに隠れた名作として香港映画マニアの間だけでひっそりと評価されていたかもしれない。
ちなみに、このポスト九龍城と言われ地元民に恐れられている「重慶マンション」はハイアット・リージェンシーやペニンシュラなどの5ツ星ホテルや、世界の有名ブランドショップと並んで香港一の繁華街、ネイザン・ロードに建っている。東洋のカスバと超高級ホテル、世界のVIPが宿泊する優雅なスウィート・ルームと、不法滞在者や貧乏旅行者が巣食う2段ベッドのタコ部屋が隣接しているこのロケーションだけでも香港の混沌とした都市の魅力と奥の深さがわかるだろう。 私も学生時代よりバックパックを担いで世界を放浪することを趣味としているが、香港での常宿は重慶マンションにあり、ここに来ると香港に来た実感が沸いてくる。ランカイフオン地区の「ミッドナイトエキスプレス」は既に閉店してしまったが、セントラル地区の坂道エレベーター等はまだ残っており、作品の雰囲気に浸ってロケ地巡りも面白いかと思う。セントラルの屋台で叉焼飯を頬張っていればフェイのような美女がぶつかって来る、、、かもしれない(隣のテーブルでカンフー・バトルが起こるよりかは期待が持てる)。
パンフなどで紹介されていたクールなモノローグっていうのは少々疑問も残るが(少しベタっぽい・・香港映画らしくはあるが)、香港映画へのイメージを一夜にして塗り替え、香港の街・サブカルチャーへの関心を喚起したという面で記念すべき作品であることは間違い無いだろう。この作品の後、次々とスタイリッシュな香港映画がスマッシュ・ヒットし、金城武やフェイ・ウォンも日本でメジャーになり、97年の香港返還の熱狂へと続いていったのは記憶に新しいところだ。けど、これにひるまずに『Mr.Boo! ミスター・ブー』みたいな怪しく、お馬鹿な作品も製作してほしいものだ。・・無駄な心配しなくても、ガンガン製作されるだろうけど・・
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