[コメント] 女は二度生まれる(1961/日)
可憐さ、やさしさ、馬鹿、嫉妬心、勘の良さ、逞しさ、非論理性、嘘をつくこと。
孫借りで申し訳ないが、これらは吉行淳之介という作家が著作の中で語っていた「女性という種族の特徴」で、彼はそういう特徴を極端にまで備えている女性に滅法弱かったといわれている。ところで、いわゆる水商売の女性につい惹かれてしまう男は、別に水商売をしている女性特有の明け透けなフェロモンに単純にヤラれているわけではない。(もちろん「ヤリたい!」というスケベな下心がまったくない、といえば嘘になるのかもしれないが)水商売という、女性を「演じる」仕事をする人の極めて女の子的なアンビバレンツについ惹かれてしまうのだ。女性が女性を「演じる」という矛盾。つまりそれは、可憐さであったり、やさしさであったり、時には馬鹿であったり、嫉妬心であったり、男の浮気を見抜く勘の良さであったり、それでも逞しく生きていく強さ(と弱さ)であったり、「好きなものは好きなの!」といった非論理性であったり、ペロっと舌を出して嘘をついたりする「女性という種族の特徴」を女性が演じきるということである。『女は二度生まれる』というタイトルにも象徴的だが、女は生まれた時から「女」なのではなく「女になる」のだ。なんだか、まっとうな、ただのジェンダー論を語っているみたいになってきたが、女性を「演じる」仕事の極北、それが女優という生き物だろう。
そして、本作で主演を演じているアクトレス・オブ・アクトレス、それが若尾文子である。自分は、溝口健二の『祇園囃子』や戦友・増村保蔵監督作品群に出ている若尾さんを「体験」して以来、完全に彼女の虜になってしまったクチだが、偽悪的なまでに「女性という種族の特徴」を演じ続けた若尾文子という女の生き方に、背筋が凍ってしまうようなプロ意識と胸を締め付けられるような悲哀を感じずにはいられなかった。
先日たまたまテレビに出演されていた若尾さんをひさしぶりに拝見したが、もう既に御年は70歳を超えておられるにもかかわらず、その凛とした佇まいには思わず息を呑んでしまうような、ただ圧倒的な「女性」の空気が漂っていた。そう、目が眩むほど。
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