[コメント] ハッシュ!(2001/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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群像劇の付かず離れずな距離感を守りながら、個々の哀切も程々に転がす前半がよく、三人が至極自然に解け合っていく中盤から後半への展開も上手い。見てるこっちまで楽しくなった。だが、楽しくなって、ふと不安になった。新しい関係って、おまえら…おまえら楽しくていいかもしれんが、生まれてくる子供はどうなるんだ、と。そんな俺の気持ちを代弁してくれたのは、秋野暢子演じる母親だった。俺は、彼女が古臭い人間だとか、思わない。言ってることだって、一番まともだと思った。彼女の存在が、このともすれば浮ついた三人の主観に対する対極の視点となり、物語に均衡をもたらすんだと思った。でも、そうじゃなかった。
いずれ生まれて来るであろう三人の子供だが、特殊な家族形態だからと言って、その子が不幸になるとは思わないし、ゲイが父親じゃかわいそうだなんてこともつゆ思わない。だが、現実を見れば、その子供にとって、問題は山積だ。だったら、その事への、対処は先送りになったとしても、厳粛な覚悟ぐらいは欲しい。つまるところ、自分の人生埋め合わせるためだけに子供を欲しがるこの女(片岡礼子)は、すでに母親である者(秋野暢子)の言葉に耳を傾けるぐらいしたらどうなのか?前者の中に、後者の言葉を覆すだけの何かがあったとは到底思えない。確かに、家族なんてものは、できちまってから、七転八倒しつつ、形になっていくことだってあるだろうし、それ以前に、人生なんてものは、一旦始まっちまえば、良かれ悪かれ始まる以前とは無関係に転がっていくものなのかも知れない。
だから、いずれこの女から生まれて来るであろう子供が、幸せになれるのかどうかは、俺には解らない。
作家には、解っているのだろうか?気になったのは、二点。唯一の子供の視点となるべき兄貴夫婦の娘が、不自然にませていたこと。子供の視点の欠落でありながら、それを隠蔽するばかかりか、それをもって自己肯定の一端にしようという欺瞞としか思えなかった。もう一つは、主人公の兄が死んだ後、主人公(田辺誠一)をして兄嫁(秋野暢子)の行動を吐き捨てさせたこと。また、そのような設定にしたこと。一家の柱を失い、女手一つで娘を育てなければならなくなった母親の苦悩に、“彼”は思いを馳せなかったのだろうか?
朝子そのものの像に欠陥があったとは思わないし、その人格形成に関する言及もあんなものでよかったと思うが、より一般的な類の母親(秋野暢子)との出会いは彼女にとって重大な化学変化だった筈で、その化学変化の後がまるまる抜け落ちていたと思う。俺にとっては、この映画は、三分の二で終わってしまった。
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