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[コメント] 晩春(1949/日)

紀子さんの心情、わかりみが深すぎてヤバみ。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







とにかく紀子の情念の深さが印象に残る映画だった。父が自分を嫁に行けと言い出してからの「お父様は私のことをお嫌いなの?」と睨みつけて(<そういうイメージしかない)くる心情はどこからくるのか。周吉でなくても「そういうつもりで言ってるわけがないじゃないか」と狼狽必至。『秋刀魚の味』が娘の結婚による父娘の別れの普遍的な物語で、これは婚期の娘といっしょに鑑賞して、昭和の価値観なんぞについて語らうこともできるけど本作は無理だわ。。

二人暮らしの父と娘、当時の親子関係なら間違いなく父は娘にとっては支配的であり、自分はそれに言われるがまま従ってきただけで、本来の婚期の時には何も言わずにあれやこれやと自分に用を言いつけてきたのに「何を今になって?」と思ったのか?(芥川龍之介の「トロッコ」で、主人公の少年がトロッコの親方に、トロッコが相当遠くにきてから「坊主はどうやってここから家に帰るんだ?」と言われた衝撃のような…。)あるいは、二人の暮らしのこのケース、相手は「あなた」しかおらず、自分の存在価値はその人がほぼほぼ決定してしまう。「嫁に行け」は「ここから出ていけ」という、自分の存在価値の否定のように感じたのか?(これ「後妻を持つ」という情報が拍車をかける) 父は娘を妻のように家政婦のように便利に使い、娘は他家に嫁ぐ苦労(アヤの失敗例)を避け、居心地のよい今の暮らしを満喫するという、世間に対しある種の反常識的な行為を「共同正犯」していた同士からの突如の裏切りと感じたのか。後妻をもつことに不純なものを感じる感性から、他の血が混ざることへの忌避感があるのかも知れない。女の愛に備わる「愛する者との一体感」の強さなど、エロスともアガペーとも知らん、男の自分にはわかりみが深すぎる。ともあれ、監督は紀子の心情を紀子の個人的な偏執としてではなく、わりにその年頃の娘の一般的なものとして描いているようなフシがあり、そこに様々な人が違和感を感じるのだろう。監督は監督できっちりとこの事件の真相を描写しているのに、原節子はそれとは別に「男たちの知らない女」を表出してしまっていたのかも知れない。

ウィキペデイアで、本作が「小津スタイル」の最初の作品ということを知ったが、確かに対話している二人を一人一人正面やや斜めのカットバックでつなぐ編集や、家の中を垂直に撮る構図なんかに演出上の必然を感じる部分が、後年の、惰性とまでは思わないものの、ただのスタイルだけと感じるものより多かった。前者は父と娘という二人の対峙するシーンに緊迫感を与えるし、後者では舞台を鑑賞しているように、登場人物が舞台から袖を現れたり消えたりすることで、人がいる時と不在の時の空間の違いが強く印象づけられる。周吉が娘が実は好きな男がいるのでないかと娘に確認しようと思って娘を家の中で追いかけるシーンは、娘はふつうに用事をこなしているだけなのに、父の追跡からひらりひらりと姿を消しているようにしか見えない(斜めではないから立体の陰に回り込んでいるように見えない)。こんなことは戸を開けば部屋さえ導線になる日本家屋でしか起きないので、これを発見した監督はしてやったりだし、外国人にはファンタステイックだったろう。紀子が花嫁衣裳で自室を去ったあとに、杉村春子のおばさんが忘れ物はないかと部屋を軽く一周した後舞台から去り、そして誰もいなくなるという場面の「主の永久の退去感」も、この構図あってこそと思う。

少し話がそれるが、今回の一連のドラマは、主役二人の父と娘の「語られない本心」にあり、それが本来の人間の間でふつうにやりとりされていることなのだが、昨今のようなSNSでのコミュニケーションでは到底伝わらないことばかりだなぁと改めて思う。例えば紀子の花嫁姿を杉村春子の叔母が写真にとって自分のSNSにあげて、そこでつけられる「いいね」というコミュニケーションが、そこで起きていたことのうわっつらどころか、そこで起きていたことと何も関係ないコミュニケーションしか交換されていないわけだ。SNSってこんなことばかりをやっているということなのではないだろうか?(そう考えるとラストの「自分でリンゴの皮を剝きかけてやめた画像」に「娘が嫁にいってしまった」というタイトルをつければ、これは「ひさしぶりに自分でりんご剥いたお父さん泣」「ヘタクソな皮の剥かれ方。わかりみが深すぎる」とSNSでバえるわけで、このラストカットはあざといという批評が為されたのもわかる)。SNSのコミュニケーションはその程度の浅いものという認識がないと、いろいろと失うことも多いだろう。わかりみがヤバいとか言ってる場合かぁと思う。

おばさんが境内で財布を広い、「縁起がいい」といって自分の懐に入れる投稿はコメント欄は炎上必至だな笑

(評価:★5)

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