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[コメント] チェ 28歳の革命(2008/米=仏=スペイン)

本作はすでに自らの信念が固まった時期を経て、まさに武力闘争を実現する現場に立ち会ったものだから、後編と本作が一本の作品であれば、この瞬間の描き方としてはこれで正しかったのかも知れない。後編への期待をこめて+1点で。
おーい粗茶

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2009年1月11日付朝日新聞での監督のインタビューによれば、本作は、この映画を観た観客が革命にロマンを見出したり、チェ・ゲバラのカリスマ性に訴求した人物像にならないよう配慮して作ったということだ。

確かに、カストロとゲバラの出会いから始まる本作では、武力闘争はすでに既定路線であって、そこへ向かおうとする主人公の決心や情熱は語られないし、さまざまな反政府勢力と大同小異しようとする過程で、ゲバラはとにかく人の話をよく聞く人物として描かれ、彼が不思議なムードをもって人々をひきつけていくような描写もない。先のインタビューによると、こうした人物像も、実際に彼を知る人などからの取材を通し、忠実に表現しようとしたらしい。

経済偏重の新自由主義とそれが生みだした格差社会の問題が沸点に達した今日の状況という、あまりにもタイムリーといえばタイムリーな公開ということでは、撮りようによっては、安直なテロ行為の礼賛や救世主への無責任な希求を増長しかねなかったかも知れず、こういう淡々と事実を列挙した描き方にしたこともわかる気はするが、それを考慮したのであれば、多くは武力闘争をしたこともない観客に向けて見せるものとして作ったのであるからこそ、むしろ武力闘争へ向かおうとする主体にせまる必要はあったと思う。

それをしようとすると、時代的には妻と出会った頃にさかのぼる必要が出てくるから、尺に合わないということだろうが、そこに戻らないまでも描きようがあるように思うのだ。例えば、劇中のモノローグで「実際の戦場の中でもっとも力を発揮するものは、名もなき一人の兵士の熱情だ(<ちょっと言葉違うかも…)」とか「さまざまな闘いの中で常にあったものは〈狂気〉だった」と理知で語るゲバラの戦争観などを通じて、脚色ではあっても、武力闘争というものに逡巡する描写をさしはさむとか、である。武力闘争への思考の順序を見せなければ、武力闘争を知らない観客はゲバラの何もつかめないと思う。そしてそれはゲバラと実際に会って彼の行動や発言を見聞きして知っている関係者だからといってすべて知っていることとは限らないと思う。事実の列挙という描写は、「外れずとも近からず」で、想像力を駆使して「なぜ戦うか」という主体のありようにせまって欲しかった。

カストロとの決別を描く後編こそ、初めて彼の主体にせまる描写となりそうだ。先述の監督のインタビューでも、ボリビアでの闘争での、彼の理想主義と周囲との乖離に興味をもったと語っているし。できれば『アラビアのロレンス』のような、その人物の個人の内面にせまるような作品になればいいなと思う。彼のように「個人よりも世界全体を」と願う、「彼の[個人的]なテーマ」にせまれるかどうか。とりあえず後編を楽しみにということで。

(評価:★4)

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