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[コメント] ブロークバック・マウンテン(2005/米)

“還る場所”を心に持っている人間は幸せ。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作はゲイムービーだと陰口をたたかれたりするが、一見してみると分かる。綺麗にまとまった恋愛物語と言った感じ。描き方によっては、行為を描写せずとも高い完成度を持つ作品に仕上げられていた。実際、直接的な行為を暗喩で済ませてしまえばオスカーだって取れた可能性も高かったと思う。

 これを友情物語、あるいは友情を超えた物語として観るのならば、この完成度は無茶苦茶高い。今回はその意味で考えさせていただこう。

 人は誰しも心の中に、“還るべき場所”というものを持っているものだと思っている。現実に辛いことが起こっても、にっちもさっちもいかない状態が続いていたとしても、心の中にその空間があるのならば、そこに思いを馳せることによって、そして再びその場所に行くことを夢見ることで現実に耐える力を得ていくことが出来るものだ。ここでのヒース=レジャー演じるイニスにもそう言う場所があった。彼は牧童としてしか自分が生きられないものだと思っていた。だからどんな現実も、やがて自分は牧童へと戻ろう。と言う思いを持ち続けて耐えていくことが出来た存在だった。ブロークバック・マウンテンでの羊を追う仕事は季節労働とはいうものの、実はイニスにとってはこちらの方が本業だったはずだ。ただ、それだけだったら彼の一生はある意味単純で、そして面白みのないところで終わってしまったかもしれない。勝手な予想だが、その場合の彼の一生とは、離婚はもっと早かっただろうし、町と山の両方に交互に住み、そのどちらも合わずにふらふらするだけで終わってしまっていたかもしれない。

 だが、ブロークバック・マウンテンでの出来事は、それ以上のものをもたらすこととなる。彼はジャックと年に何回か会うと言う新しい思いを持つに到ったのだ。これによって彼にとって新しい“還るべき場所”が心の中に出来た。だからこそ、閉塞感しか与えられない現実を耐えて生きていけるようになったのだと思われる。

 これを観ていて、イニスの気持ちに大変同感できた部分がそこだった…変な意味じゃなくてさ。

 私自身、時間そのものはそこそこ自由に使えるながら、ストレスのたまる仕事をしているし、それでストレスのたまった顔を人に見せるわけにはいかないというのが一番きつい。そんな私にとっては、映画を観ている時間というのは、一種の“自分に還る場所”であるし、それをどうやって書こうか?と仕事中にも考えている(!)のは、ある意味現実そのものと戦っていくモチベーションとなっている(と言うか、そう言うマインド・コントロールを自ら施している)。お陰で現実から瞬時にして自分の中の世界に入っていけるようになり、これは私の特技だが、普通これは単に“ぼけっとしてる”と言われがち…

 それと、これって私が年に二度ほど行っているオフ会の感覚にも似ている。少なくとも私にとってのオフ会とは日常の延長ではなく、今の生活と隔絶しているからこそ貴重なものなのだし、そこで普段とは違った自分を演じていられるのも心地良いのだ。そこでは日常とは全く違い、自分の趣味の世界での会話が出来、更に普段では決して人に明かすことが出来ないマニアっぷりを吐き出すことが出来る(決してオフ会で見せる顔が全て本音というわけではない。単に趣味が全開になってる状態と言うだけだ)。

 ここでのイニスを見ていると、そんなことを感じてしまう。

 そう言う時間であれ、場所であれ持っていることが私たちには大切なのかもしれない。自分自身にとって“還るべき場所”とはどこなのか。戦うべき現実を離れ、自分の心の中にある大切な場所に思いを馳せ、時にその場所で遊ぶ。本作品は、そう言う意味では現実の物語と言うよりは、心象風景のように思える。繰り返し流されるテーマ曲も実に良い。しみじみさせてくれるよ。

 もちろんそれに応え、ヒース=レジャー、ジェイク=ギレンホール共に名演ぶりを見せる。特にギレンホールのOPシーンからのからみつくような目つきは、今までのキャリアである『遠い空の向こうに』(1999)や『ドニー・ダーコ』(2001)のような青年っぷりとは全く異なる、名優としての脱皮を感じさせてくれた。終始彼の影響が強かった。生きていようと死んでいようと、人に強い影響を与えていく人間というものは確かにいるものだ(ただ、年齢を加えていくほどニコラス=ケイジっぽく見えてしまうのはちょっといただけないけど)。

(評価:★5)

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