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[コメント] 瞳をとじて(2023/スペイン)

傑作。3時間近い映画だが、全く緊張感途切れずに見る。もっと長くてもいいと思った。過去の映画の引用・言及はいろいろ出て来るが、極めつけは「ソイ・アナ(Soy Ana)」という科白の反復だろう。
ゑぎ

 1947年、パリ郊外、悲しみの王。とキャプションが入り、敷地(庭)にある二面の像(ヤヌス像)を映す。そのディゾルブ寄り。「悲しみの王」は屋敷の名前。この冒頭は、明かにフィルム撮りの感触で16ミリフィルムではないかと思った。年老いた主人、巨漢のレヴィと中国人執事。こゝにフランクという名の男が招かれる。このシーンの切り返しの見応えあること!私は『エル・スール』の父娘のレストランでのシーンを想い出す。不意に吐かれる『上海ジェスチャー』という科白。なんと、この冒頭が、映画中映画というツイストには呆気にとられる。

 2012年がこの映画の現在。全く画面の触感が異なり、つややかになる。主人公は、上記の映画中映画(タイトルは「別れのまなざし」)の監督だったミゲル−マノロ・ソロだ。「別れのまなざし」は約20年前に撮影されたもので、映画完成前に失踪したフランク役の俳優フリオ−ホセ・コロナドの謎に迫るテレビ番組がプロットを駆動する。ちなみに、このテレビ番組のスタジオセットの造型もカッコいい。

 さて、梗概には極力触れずに、良い造型を列記していこうと思います。まず、ミゲルが入るレンタル倉庫の場面で感じたのが、屋外の雨音の使い方で、本作の音作りの繊細さを端的に表す部分だと思う。実はこの映画、雨の場面が思いの外多いということも指摘できるだろう。また、この倉庫の場面は、左の襟(ラペル)に特徴的な刺繍のあるコートや、『ラ・シオタ駅への列車の到着』のパラパラ漫画を取りだすシーンでもある。

 そして、プラド美術館のカフェのシーン。全編で最初のクローズアップが、アナ・トレントに対してということには感激する。これは、観客へのサービス精神かとも思ったが、この後、切り返しの中で、クローズアップが使われる場合には、それを見る人物の強い感情が立ち上がる瞬間を示しているのだと納得する。例えば、かつて、ミゲルとフリオが共に愛したロラとの場面でも、それは分かるだろう。この場面の暖炉の炎の照明も素晴らしいし、ワンシーンしが出てこないが、ロラ役のソレダ・ビジャミルという女優のプレゼンスにも圧倒される。

 あと、バスの中のミゲルから、海の見える道路を走行するバスの空撮俯瞰ロングに繋ぐセンスにも(そのワンカットのための手間暇にも)驚かされたし、この海辺の住処と隣人たちの描き方も実にいいのだ。あるいは、愛犬の描き方も。

 また、全編でハンディカメラでの撮影は2回だけだと思う。いずれも終盤、まずは、アナ・トレントが、高齢者施設の小屋に入って行くシーン。もう一つが、映画館で、ミゲルが席を案内するシーンの中のワンショットだ。このカメラワークの選択にも心震えるものがある。さらに、ラストの映画中映画の上映シーンも最強の演出じゃないか。上海ジェスチャーのショットの強さ。スクリーンを見つめる瞳。スクリーンの中の人物のカメラ目線とそれを見る観客たちのカメラ目線。瞳を閉じるショットで暗転するラストカット。本作中、タイトルの所作を体現する登場人物は複数人いるけれど、映画中映画の中で、瞳をとじた(いや閉じられた)人物のことも含めなければいけないだろう。二組の父娘及び娘を連れて来る男。尚、エンドロール中、やたらとヤヌス像のディゾルブ繋ぎが反復されるのは、ちょっと興ざめ。

#備忘。犬の名前、カリ。

#過去の映画の引用や言及は上記以外に『夜の人々』と『殺人狂時代』のポスター(『ファウスト』からニコラス・レイに貼り替えたという科白)、「ライフルと愛馬」の歌唱(『リオ・ブラボー』)、「ドライヤーが亡くなって映画から奇跡は消えた」みたいな科白。

(評価:★5)

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