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[コメント] 真昼の決闘(1952/米)

苦々しい後ろめたさが後に残らずにいられない、絶望を描いた映画ではないだろうか。
シーチキン

町へ帰ってくる無法者をただ一人で迎え撃つ保安官。いくら呼びかけても誰も協力しない。ためらいながらもやむにやまれず酒場や教会にまで協力者を募りに行くが、誰もが「お前が出て行け、逃げろ」と言うばかりである。そういう演出は生々しいというか、身につまされるような迫力にあふれている。

この映画が製作された1952年当時、アメリカでは1947年から1954年にかけて「非米活動委員会」が設置され、「赤狩り」の真っ最中であった。そしてそれは映画界にも及び、数多くの映画関係者が、委員会に召喚され「共産党員と思われる人間の名前を言え」と証言を迫られた。

この映画の脚本のカール・フォアマンも、まさにこの脚本の執筆中に「非米活動委員会」に喚問された。しかし、彼は証言をきっぱりと拒否したのである。そしてその経験を経て、この脚本を手直しした、と言われている。

実際、この後、彼は「ブラックリスト」へ載せられイギリスへ亡命している。そして同じように迫害されたマイケル・ウィルスンとともに『戦場にかける橋』の脚本を書いたが、この映画の公開当時、脚本に彼らの名前が上がることはなかった。

ついでに言えば、『真昼の決闘』でも製作のスタンリー・クレイマーが、フォアマンが「アカ」として「非米活動委員会」に召喚されたことから、とばっちりをくらうかもと彼の名前を製作陣から削ろうとした。

その時にフォアマンに電話して「あなたの脚本は素晴らしい。力を貸してもよい」と励ましたのがゲイリー・クーパーである。

ところがいざフォアマンが独立プロを立ち上げようとすると、猛烈な圧力がかかり、ついにはゲイリー・クーパーも手を引かざるを得ないところへ追い込まれた。

このように、現実に理不尽な力に圧迫されたからこそ、という映画だから、リアルな撃ち合いなど、西部劇としてかなりの水準にあるがなんとも重たい映画でもある。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)moot Keita[*] ナッシュ13[*] sawa:38[*]

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