二人の関係は同性愛であり不倫、である。 しかし現代のそれとは著しく異なった、死をかける厳格な状況下で生まれたものだった。

出会ったときからイニスにちょっかいを出し、むしろ積極的に誘っていたジャック。 そして、無口で結婚を控え、同性と関係を持ったことを悩んでいるように見えたイニス。

ブローックバックマウンテンを降りる時が来ても、ジャックはイニスの気持ちが 掴めないまま、別れなければならなかった。

しかし、誰にも知られぬよう隠れて慟哭するイニスを見て、 初めて私は彼の愛が深く、絶望的なことを知る。

ジャックがそれを知るのは4年後に再会したときのイニスの がむしゃらな口づけによってだった。

ジャックがあまりのさびしさから男遊びをしたとき、イニスは「俺は本気だ」と叫ぶ。

行き止まりの道を行く2人の、それでも愛さずにいられない、 血を吐くような告白に私は慄いた。

ジャックの死後、家を訪れたイニスは、ブロークバックマウンテンを降りる際に 無くしたと思っていたシャツがジャックのシャツに重ねられているのを発見する。 ジャックは20年間、イニスのシャツをまるで胸に抱くように重ね続けてきたのだ。

独りの、平穏な生活に戻ったイニス。 今度はジャックのシャツを自分のシャツの下に掛けた。 「永遠に一緒だ」から。

ジャックを演ずるジェイク・ギレンホール。 彼はいつの間に、こんな悩ましいまなざしを持つ俳優になったのだろう。

ヒース・レジャー、ひ弱なようで芯の強さを垣間見せる役どころを得意とする彼には

イニスの不器用な愛情表現が似合っていた。

切なくて、やるせない思いを救ってくれるのは 二人が自然溢れるブロークバックマウンテンで出逢い、生きたことだ。