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[コメント] ドライブ・マイ・カー(2021/日)

好きじゃないテイストの作品。だけど良かったと感じさせる作品。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ゴールデングローブ賞受賞のみならず、アカデミー作品賞にもノミネートされ、久しぶりに世界に評価させるような日本映画が出てきたことが嬉しい限りですね。 濱口竜介監督作品は『寝ても覚めても』をチェックして、これで2作目になります。独特の味わいがある監督ですが、前作の印象としては嫌いじゃないなって感じがして、ただ本作で不安だったのが村上春樹原作だっていう点ですね。苦手なんですよね、彼の作品。こんなこと言うとハルキストに怒られるのでしょうけど、ちょっと冗漫な感じがして、それが3時間コースかと思うとより不安で。。

ただ、本作は濱口監督らしく不思議な魅力に溢れてましたね。多くの人がおっしゃってるように、3時間という上映時間を感じないほどに没入感がありました。

作品自体はたしかに難しいです。難しいというよりも、かなり複雑な構図だと思います。 というのも、主人公の西島秀俊演じる家福が舞台演出を手がける人物であるため、劇中劇として扱う『ワーニャ叔父さん』や、妻である霧島れいか演じる音が書いた脚本が本筋のストーリーと絶妙に絡み合ってくる構造になっている点ですね。 これに関してはチェーホフや原作の短編が関わってくるようで、情報なしだとちょっと理解しづらい点は多かったように思います。とはいえ、その状況や心情なんかを示唆する表現であることはわかりましたし、十分な理解不足感は否めませんが、それでも脚本の見事さはこの辺りからも十分伝わってきました。

メタファー的な話で言えば、緑内障とゴミ処理場のくだりは印象的でした。 見えてるようで見えていない、というのはまさに家福そのものの状況を指すようですし、点眼薬が素直に受け入れられない心境を上手く表現していましたね。 ゴミ処理場に関しては明らかにみさきの故郷である北海道の地を隠喩的に表していましたね。その過去を燃やし尽くして再生したから今がある、というみさきの象徴的な場所となっていて、だからこそ、家福が上十二滝村で再生していくシーンに深みが出てくるのでしょうね。

再生という言葉を使いましたが、本作を見ていて類似性を感じたのは、他の方もおっしゃるように『永い言い訳』だったり『雨の日は会えない、晴れた日は君を思う』だったりという、妻の死を通して自分の心の底を見つめていくという作品が思い浮かびました。 ただ、本作がそれらの作品と明確に違うのは妻が亡くなるまでのくだりを丁寧に描いている点ですね。ストーリー的には序にあたる部分なのでしょうが、しっかりと描かれていたからこその後半への深みに繋がっていたように思いました。 また、本作はそこをしっかり描いていたからこそ、もっくんやジェイクのそれだけとは違い、妻自身の心情にもフォーカスを当てることができていて、テーマ性は同じでも差別化になっていたように思います。

まあ兎にも角にも脚本がやっぱりすごいなと思います。辛うじて理解できたのは妻の脚本のメタファーですかね。空き巣に入ったのが妻であり、その家に住むヤマガという男が家福を表していて、自分が起こしたアクションに対して何ら変化を起こさないことに絶望し虚脱感を覚えるというもの。 まさに娘を失った後の二人の関係の破綻を表すメタファーとして見事でしたが、それを伝える高槻のシーンもまた良かったです。

そしてもっと素晴らしいのがその直後からみさきの助手席に座り、あんなにこだわっていた車の中でタバコを吸い、ルーフの窓からタバコを燻らせるシーン。最高に痺れましたね。 また、高槻をホテルに置き去っていく車のバックのカットもいいんですよね。後の展開の隠喩にもなってますし、前回の『寝ても覚めても』とかを連想するような感じもありました。

とにかく本作は良いシーンというか印象に残るようなシーンが多かったように思います。 ソーニャ役を演じた手話の女性と食事するシーンとかも良かったですよね。 一つ一つの世界観がしっかり描かれていて引き込まれたからこそ、3時間を感じさせなかったのだろうと思います。 そして劇中劇のセリフでもあり、本作のテーマでもある「生きるということ」が突き刺さってくるわけです。あれはそこまでの3時間があり、その世界観に没入しているからこそ味わえるものであり、ラストのラストで韓国にいるシーンを映して二人の関係を示唆するような場面を映すのも、それがコロナ禍の今の現状を比喩するのも、そして彼女の傷が薄くなって笑っているのも、見終わった後の余韻も、全部引っくるめて意味があり、価値のある3時間だったように思います。

役者陣も素晴らしかったですね。西島さんは好きな役者ではなかったので日本アカデミーは松坂桃李くんに、とは思いましたが、本作では明らかに西島さんの独特の雰囲気がハマってました。 また、みさきを演じた三浦透子さんも素晴らしかったですね。作風にばっちり合っていましたし、それでいて魅力があるキャラクターになっていました。

たしかに私自身好きなタイプの作品とは言えませんし、本質的にはしっかり理解し切れていないシーンも多々あります。多言語演劇にこだわった理由とかも解消し切れてないですし、「テキストをそのまま読む」ことにこだわったのはテキスト論的な考え方でいいのだろうか、とか。見れば見るほど味が出てくるのでしょうし、たとえわからなくても感じるだけで意味がある。十二分に本作が名作であることは伝わってきました。 アカデミー賞で日本の維持を見せ、一旗上げてほしいものです。

(評価:★4)

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