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[コメント] OUT(2002/日)

リスペクト・桐野夏生
Linus

御存じの方も多いと思いますが、映画の原作である「OUT」という小説は、 国内では日本推理作家協会賞を受賞し、アメリカでも翻訳された小説が、 今年(2004年)のエドガー賞の最優秀小説賞候補4作品の1つに選ばれました。エドガー賞の正式名称は、ミステリー・ライターズ・オブ・アメリカで、受賞者にエドガー・アラン・ポーの像が授与されることから、エドガー賞と呼ばれるようになったそうです。この賞に日本人がノミネートされたこと自体初めてだそうで、今回、桐野夏生さんは受賞こそしませんでしたが、日本のミステリー小説が海外に進出する足掛かりになるのでは? とまで言われる程の功績を残したことは事実です。

桐野夏生の小説。私は「天使に見捨てられた夜」「OUT」「グロテスク」と3冊しか 読んでいないので、コアなファンとは言い難いのですが、あっ、出てきたな と いう感想を持つくらい、桐野夏生は私にとって大きな存在です。桐野さんが、 もともと脚本家志望で、六本木の脚本学校に通い、今は亡きY先生に「 脚本家になるのには10年かかるよ」と言われ、小説家に転身したことなども 身近な人に感じられるし、関係ないけど、私もY先生に、 グループのみんなの前で「なんでここでセックス・シーンいれるわけ?」とト書き5行 くらいのセックス・シーンでネチネチ30分以上も苛められ、ジジイ、それって セクハラじゃねぇーの! と憤ったこともあるので、桐野さんも苛められたのかしら?  などと、勝手に親近感を覚えたりしているのでした。

さて、桐野夏生のデビューは1993年の「顔に降りかかる雨」の江戸川乱歩賞受賞で、 40才を過ぎてからの遅咲きのデビューでした。彼女は主婦、子育てを一段落してから 小説家になったためか、わりと女性にシニカルな視点を持っています。 それは「グロテスク」に顕著に現われていますが、女のイタイ部分を、抉るのが とても上手な人だな、というか、桐野さん、それってコワすぎるんですけど、 とビビッてしまう程の文章に力のある人です。

女のイタイ部分って何?

…と思う人もいるかもしれませんが、〈感情〉という怪物です。先日、男友達と 話していて「なんで男は論理的で、女は感情的なのか?」というハナシをしました。 まぁ、こんなハナシ自体、今の時代ステロタイプな話題で、でもまだそんなテーマが まかり通るくらい、普遍的なことなのかもしれません。

私が出した結論はこうです。(あくまでも私見)中学生くらいまでの男女は、 明らかに同じように生活しているのに(精神的・肉体的にも)、セックスを 知った後で、各々がとる道が違くなるのでは? と。例えば、セックスというのは、 男の征服欲を満たすもので、その形態も〈イレル・イレラレル〉であって、 形容も〈ヤル・ヤラレル〉。その言葉通りの関係が、すりこみ学習となって しまうのではないか? というものです。つまり、男=支配する者、女=支配 される者となり、支配者は相手を隷属させたいから頭を使わないといけない。 それに反して支配された側は、従うことはレールにのって行動することだから、 ある意味ラクして生きられる。その内、頭を使うことがなくなるのではないか? と。

で、またまた先日。男女混合飲み会(男2、女3)で、女友達が「Linusが、 セックスを支配する・支配される関係と思うことに納得できないなぁ〜」と 言ったら、男友達が「納得できないと思う女性は、インテリの思想なんだよ」と 補足してくれました。某女性雑誌が未だに「抱かれたい男ナンバー1」と 受け身の表現になるのは、女自身が、支配される幻想にとりつかれている証拠だと。 この支配されたがる女というのは、若年層に顕著だそうで、この「支配される」ことを 早くに認識した女の子が、セックスを武器にし、力を持つ支配者 (所謂経済力のある男)にスリ寄るそうです。ひぇ〜。知らないトコで、世の中、権謀術数がめぐらされ ていたのねーって感じでもあります。

しかし、です。私、正直、自分の周りを見まわすと理知的な女性が多いのです。

確かうろ覚えなのですが、三島由紀夫が「論理的思考を持つ女は、それは女では なく男だ」みたいなことを言ったり、村上龍が「女は掘ることはできるけど、 男のように掘り下げることを知らない」と言っていて、三島文学も、龍文学(初期 限定)も好きだった私は鵜のみにし、私は女だから、どう頑張ってもバカなんだなー とずっとコンプレックスを持っていたのですが、 最近、どー考えても、私よりバカな男だって、いっぱいいない? と思えてきました。 反対に、頭の良い女だって、確実に増えてきているような気がします。(これは 勉強すれば、親が女でも普通に進学させてくれる時代に関係してるのでしょう)

で、桐野夏生です。桐野さんは1951年生まれなので、今年(2004年)53才なのですが、 4年制大学を卒業しています。53才で、大卒というのは、どれくらいのパーセンテージ かわからないのですが、勉強ができた人なんだろうと思います。で、この人の 強みは、ガチガチのフェミニストに陥っていないこと。何故か、今までの 頭の良い女性というのは、男を目の仇にしていて、それはそれで偏狭な価値観に 支配されていました。で、必ず男側が「処女なんだろ」とか「男を知らない」とか 言いだし、「それは関係ないでしょー」という応酬になって、 けっこう傍から見ると笑えるものでした。

でも、桐野夏生は、違う。

桐野夏生の描く女性は、底辺をはいつくばっているからでしょうか? 女という者は、成功者とか金持ちに弱く、スノッブな世界が小説や漫画に繰り広げ られるのが常だったんだけど(少女漫画なんて、王子様待ってるだけのハナシだし。 んなもん、いくら待ったって来ねーよ!と子供の時から思ってました)、 桐野夏生の世界には、そんな女のファンタジーが一切排除されている。 ああ、まさにそれがツボになっているわけですが、この人が、自由な魂を 持って生きてきたからなのでは、とさえ思えてきます。

男に支配されない女が描く世界は、こんなにひんやりと冷たくてカッコイイのかと。 いやっ、マジ。こういう女性、これからますます増えていくんじゃないかな?

客が喘いだ挙句に出すあの白い液体が、あまりに微量なので驚くことが しばしばある。あんなちっぽけな結果のために、男たちはあたしたち娼婦を 買う。夜のあたしが昼のあたしを凌駕してしまって、夜のあたししか存在 しなくなったのは、男のあの液体のためという事実。あたしは男に生まれなかった 自分を、この夜、初めて幸せだと心の底から感じた。なぜなら、あたしは 男の欲望がつまらないものだと知ったから。そしてそれを受け入れる存在に なったから。あたしはユリコの異様な落ち着きがやっと理解できた気がした。 ユリコは少女の頃から、自分の肉体を使って、世界を手に入れてきたのだ。 ありとあらゆる男の欲望を処理することは、男の数だけ世界を得ることだ。 たとえそれが一瞬だとしても。あたしは嘆息した。勉強でも仕事でもなく、 男にあの液体を吐き出させることが世界を手に入れるたった一つの手段だったのだ。 今、あたしはそうしてる。あたしは束の間の征服感に酔った。(「グロテスク」)

(評価:★4)

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