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エンドレス・ポエトリー (2016/仏=チリ=日)
Poesia Sin FinEndless Poetry
製作総指揮 | グザヴィエ・ゲレーロ・ヤマモト |
製作 | アレハンドロ・ホドロフスキー / モイゼス・コシオ / アッバス・ノハステ / 浅井隆 |
監督 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
脚本 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
撮影 | クリストファー・ドイル |
美術 | アレハンドロ・ホドロフスキー |
音楽 | アダン・ホドロフスキー |
衣装 | パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー |
特撮 | フェリペ・アストルガ |
出演 | アダン・ホドロフスキー / パメラ・フローレス / ブロンティス・ホドロフスキー / レアンドロ・ターブ / イェレミアス・ハースコヴィッツ |
あらすじ | アレハンドロ・ホドロフスキーの少年期を描く『リアリティのダンス』より3年。詩人を志す少年アレハンドロ(イェレミアス・ハースコヴィッツ)は、スパルタ教育で息子を縛る商店主のハイメ(ブロンティス・ホドロフスキー)とその妻サラ(パメラ・フローレス)の両親のあいだで不満にくすぶり続けていた。我慢の限界を迎えたアレハンドロは、ついに俗物の集まりたる一族を飛び出し、街の芸術家グループに身を投じる。青年となった彼(アダン・ホドロフスキー)は、尊敬する詩人のミューズであるステラ(パメラ・フローレス二役)に憧れ接触をもつ。だが、その蜜月の日々は決して芸術には発展しない不毛なものと気づくのだった。〔128分〕 (水那岐) | [投票] |
ことさらにアレハンドロ・ホドロフスキーが「マジック・リアリズム」だと喧伝されるのには、実は、違和感がある。なぜなら、良く出来た映画のカットは、すべからく(たとえノンフィクションであっても)、「魔術的現実」ではないか。それは「映画的瞬間」という言葉と同意なのだ。 [review] (ゑぎ) | [投票(3)] | |
家族との軋轢や友人との葛藤といった「負」を描きながらも、老作家の自伝は刺激的で絢爛で騒々しくポジティブだ。それは90年に及ばんとする「創作」に対する欲望の持続と、人生のすべてを肯定的に書き換えようとする自己愛の深さの発露だ。なんと幸福な人生だろう。 [review] (ぽんしゅう) | [投票(4)] | |
親父憎しの恨み節が自らが爺さんになっても尚持続される執念はともかく、好き勝手やっていいんだと諭される息子こそ良い面の皮でほっとけと言いたい。のであるが、頑固で変態であった爺いの繰り言は悔しいがオモロイ。世界は縮小したが切実な思いは胸を打つ。 (けにろん) | [投票(3)] | |
ホドロフスキーの朗らかな自己肯定の羅列。青年は青春の蹉跌に思い悩みつつも、実は他のほとんどの悩める人々に求められるこの世の導師だ。それが大真面目な描写であることは、この作品が青春コメディの色彩もはらみながら、実は二度ほどしかギャグと呼べる描写を含んでいないことからも知れる。母とステラ役を兼ねるフローレスの役割は意味深い。 [review] (水那岐) | [投票(3)] | |
初ポドロフスキーの私。アーティスティックなだけで、つまらなかったら困ると思っていたら、ちゃんと最後まで、楽しい映画でした。 [review] (プロキオン14) | [投票(1)] |
Ratings
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計 | 15人 | 平均 | (* = 1)
POV
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