掲示版: 話題「怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法」 (mize)
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怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
mize | 2002年01月22日03時20分更新 | |
突然ですが、『プリティ・プリンセス』という邦題の付け方に怒っています。
『プリティ・ウーマン』を撮った監督ですが、前作『プリティ・ブライド』(原題「ランナウェイ・ブライド」)はリチャード・ギアとジュリア・ロバーツを再びキャスティングした時点で、監督自身も2匹目のドジョウを狙っていたフシがあるのでこの邦題をつけられても仕方ないとは思います。が、今回は主演もまったく『プリティ・ウーマン』とは関係ないのにまたも「プリティ」にされてしまったのです。原題は「プリンセス・ダイアリー」ですが、別にいじる必要はないと思います。 他にも『マイ・ライフ』に端を発した「闘病感動モノに“マイ”をつけよう」という安易さ。『マイ・フレンド・フォーエバー』『マイ・ルーム』『マイ・フレンド・メモリー』と続くのですが、これはもう監督も出演者も製作会社もまったく違います。最後の映画のチラシには「あのマイ・シリーズの最新作」と書いてありますし…。撮った監督が聞いたら「え?俺ってマイ・シリーズ撮ってたんだ」と呆れるはず。 頑張って撮影した関係者たちにとっては大切な作品なのに、広報部で「こうしたらもっと売れる」と後から題名をイジクリ回すのは、作品や関係者に対して失礼だと思います。そりゃ売れてくれなきゃ困るのも判るけど、配給会社の「ただ売れればいい」というあこぎな姿勢が最近とくに目につきます。 他にも『リバー・ランズ・スルー・イット』『ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』などの「少しは解釈しなよ」のそのまんまカタカナ系。『どつかれてアンダルシア(仮)』は邦題自体はまぁアリですが、最後の(仮)はDVD化でも付けっぱなし、つまり作品の一部にしてしまったという内輪ウケ的な悪ふざけ。『北京のふたり』ではマジメな裁判モノじゃ客がこないと題名を変え、チラシでもあたかもラブロマンス風にピンク色を使い、ギアと見つめ合うバイ・リンの写真を使ったり…まだまだ挙げたらキリがありません! 最後に、最近のTVCMで観客が「超感動しました〜」「今まで観たなかで最高の映画です」「絶対もう一度観ます〜」というアレも嫌いです。「ホラ、みんなも観てるからキミも早く観ないと」という洗脳に近いです。その映画がそんなに良い映画なら、その良い場面を15秒フルに使って勝負して欲しいです。いえ、監督や俳優はもとよりそのつもりなのに、日本の配給会社が姑息な手段とってるだけなんですよね…。こんなに怒ってるのって私だけなんでしょうか?長文失礼しました。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
隼 | 2002年01月22日07時01分更新 | |
はじめまして。最近出入りしている隼です。よろしくどうそ。
ザ・ミゼラブルさんのお怒り、ごもっともです。というかそれは百人中百人の在日映画ファンが必ず抱いている怒りであります。僕なんかはもう完全に諦めてまして、「CMはウソをつくものだ」「いちいち騙されんなよ」くらいに思ってます。だから『スナッチ』でブラッド・ピット主演になっていようと、『マグノリア』でトム・クルーズ主演になっていようと、プリティの冠をつけようとも、勝手にしやがれ!くらいに思っていました。 それが最近何気にテレビを見ていると「プリティシーリーズ第三弾」との声が!第三弾だと!これは許せません。商業上「プリティ」や「マイ」の冠をつけるのは仕方ないとは思います。そんなモンに釣られて「全然違うじゃん」って後悔する奴がいても、そりゃ何も考えず宣伝材料を鵜呑みにして観に行く人は当然そうなるわけで、それが嫌なら工夫しろくらいに思います。しかし第三弾は許せません。第三弾ということはその作品が前二作の「プリティ」作品と関連があると称していることになります。僕はてっきり他のその手の作品も決してそういう第何弾という明確な言い方をせずに、うまーくぼかして逃げているものとばかり思っていました。「ふさわしいタイトルをつけただけです」「同じシリーズとは明言しておりません」とか何とか言って言い訳しているものとばかり思っていました。 これはもうほとんど違法スレスレの行為ではないでしょうか(違法じゃないんですかね)。僕的には『アトランティス』より許しがたいです。 僕としては、ただ売ればいいっていう姿勢は、まあ仕方がないとは思います。金を稼ぐ為に存在する団体ですから。ただし嘘はいけないでしょう。第何弾という言い方は完全な嘘であり、客を騙すことを目的としたものです。これだけは本当、どうにかならないモンですかね? ただただ憎たらしいばかりです。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
24 | 2002年01月22日09時15分更新 | |
始めまして、第二十四の男と申します。よろしく!
私もザ・ミゼラブル氏の意見に同意です。『プリティ・プリンセス』もそうなんですけど、最近あれっと思ったのが『息子の部屋』に関する広告です。何種類かあったような気がするのですがやたらと『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が引き合いに出されています。両者はカンヌ映画祭でパルム・ドールを取った共通項があるのですが、昨年度の映画が大ヒットしたから今年もそれにあやかろうとする意思が見えてなんかいやです。まさに映画自体は無関係なのに。映画祭でもなんでもかんでもヒットにつながれば利用するんですかね・・・。 あと一番ひどいのが、言葉を借りるならばそのまんまカタカナ系です。『メッセージ・イン・ア・ボトル』とか『ハート・オブ・ウーマン』など特に頭悪いと思いますが本当に数え上げればきりがないほどあります。これは個人的な趣味ですが昔の映画はタイトルが洒落ているものが多いように感じられます。タイトルだけで観た映画も相当な数でしょう。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
はしぼそがらす | 2002年01月22日09時29分更新 | |
確かに最近の「売らんかな」式邦題と宣伝は、映画ファンからみると「オイオイ」といいたくなりますね。他にも、芸能人のコメントを載せたり、「ナントカカントカ1位!」(これは興行収入だったり、映画賞関係だったりです。まるでDHCのCMみたいなもんですが)とやるのも個人的には好きじゃないです。
でも「もののけ姫」「タイタニック」以降、日本という国はミリオンヒットが出やすい国になったなあという気がします。音楽にしろ本にしろ、自分の目と足で探さずに、マスコミ等のお薦めに「右へ倣え」する傾向は、本当によいものと出会うチャンスを逃しかねないという点で、残念だし、「もっとポリシー持ちなさいよ〜」とへそ曲がりの私はよく思います。裏を返せば、買い手がこの状態ですから、売り手がそれに合わせた宣伝方法をとってくるのも当たり前っちゃ当たり前なのかもしれませんね。 そして、これらのあざとい宣伝や邦題の裏には、未だに映画が「斜陽産業である」という事実があるように思います。配給会社にしてみれば、売れるんだったらタイトルに「工夫を凝らす」なんてのは日常チャ飯事なんでしょう。ノッてくるお客さんたちのレベルに合わせているんだ!といいたいかもしれません。 とはいえ、私自身は今後の「いい邦題」の台頭を願ってやみません。思い起こせば古い映画は本当に粋な邦題がついていました。『望郷』なんてのはまさに私の中では「ベスト・オブ・邦題」です。これからだって、例えばWaitDestinyさんが新ベーコン・シリーズにつけておられたような邦題だったら、絶対お客さんは「お?!」となると思います。シネコンも定着して映画産業も盛り返してきたようだし、配給会社の皆さんの映画を愛する心と勇気に期待したい今日この頃です。 閑話休題・・・昔々の邦題面白エピソードをひとつ。『ニッカー・ボッカー・バッカロー』(ニッカボッカというズボンをはいた牧童)という映画が日本に来たときに、配給会社のヒトはタイトルを「誤植」と思い込み、『ニッカー・ボッカー・バカヤロー』に修正して公開しちゃったそうな。・・・嗚呼愛すべき時代。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
evergreen | 2002年01月22日12時47分更新 | |
みなさんの書きこみ、興味深く拝見させてもらいました。 邦題のつけ方や宣伝はなかなか難しい問題ですね。ザ・ミゼラブルさんが書かれている通り、 安直なネーミング&宣伝方法には私も頭に来る事が有ります。その作品の内容が素晴らしく、自分のお気に入りであればなおさらです。 ビデオに多い「ジャッキー・チェンの・・」とか「ジム・キャリーの・・・」っていうようなタイトルなども個人的には好きでは有りません。 ただ、邦題が映画の雰囲気や内容と著しく違わない限りは、その邦題で作品の注目度が上がり、興業的に成功する(多くの人に見てもらえる)のなら それもOKかな?と一方で考えたりもします。 たとえば『恋する惑星』という作品。 内容は個人的に大変気に入っている作品なんですが、日本の恋愛至上主義の風潮に媚びた邦題が大嫌いで、作品の雰囲気を濃密に漂わせる原題「重慶森林」で放映しえてくれれば良かったなと、劇場で見た時は思ってました。 しかし、この作品の舞台になる、香港のポスト九龍城である「重慶マンション」を知らなければ、原題は日本人にはチンプンカンプンだし、 このタイトルではあんなに女の子の間でヒットしなかったろうな〜と今では思います。少し腑に落ちませんが、長い目で見て、それまで香港映画を キワモノ扱いしていた若い女性を劇場に通わせ、香港映画へのイメージを変えさせたという意味でこの邦題はある意味正解だったのでしょうね。 (もっとも配給会社のPRやポップな予告編の素晴らしさも大きかったが) まあ、結果的にネーミングする人の「センス」と「作品の内容へのこだわり」と「興業」のバランス、と言うことになっちゃうんでしょうね。 『私立ガードマン/全員無責任』のように一番笑えるのが邦題っていうコメディ映画も困りますが。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
ペペロンチーノ | 2002年01月22日21時54分更新 | |
先日、ラーメンを食べていました。隣のテーブル(女性二人)は話の内容から察するに、どうやら(ほぼ間違いなく)配給会社か何かの映画宣伝関係のお仕事の方のご様子。
で、彼女達の話に出てくる上司は『初恋のきた道』のヒットに怒っていたそうで(おそらく他社なのでしょう)、「いかにも宣伝やタイトルで売れたように自慢するな(他社のことでしょう)。あんなもの放っといてもヒットした映画だ」と言ってるそうです。 で、要約すると、どうやら「自分の腕で売った」というのが宣伝マンの職業病(?)のようです。(ま、職業人のあり方としては間違いじゃないんでしょうけど) 宣伝は「売る」ことではなく、売るために「認知度を上げる」ことだと個人的には理解していますが、それで飯食ってる人にはお分かりいただけない。それに、映画でも本でも音楽でもタイトルは「顔」です。それを化粧だけでは飽き足らず整形してでも・・・という気持ちは分からないでもない。が、忘れてはいけない。ようは中身なのだ。化粧にだまされるな!寄せて上げるブラにだまされるな!嗚呼、何を言ってるんだ俺は!(失礼取り乱しました) | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
Keita | 2002年01月22日23時08分更新 | |
どうも、KTAと申します。洋画の邦題については、いろいろと思うことが多いです。雑誌でも特集を読んだことがあるので、不満を思う人も多いはずです。話題に出ている『プリティ・プリンセス』ですが、自分もこの邦題は不満大です。さらに言えば、チラシなどの宣伝某体のデザインまでも『プリティ・ウーマン』をなぞったようなデザインになっている。ゲイリー・マーシャル作品だったら「プリティ」にすれば良いってものじゃないと思う。ペニー・マーシャルの『プリティ・リーグ』もこの影響だろうし。同じマーシャル作品でも「ジ・アザー・シスター」を「カーラの結婚宣言」にしたのはうまい邦題の付け方だと思ったのだが・・・。
カタカナ表記の邦題に関しては、原題の雰囲気を壊さないという点で悪くないと思う。似たようなニュアンスを日本語で巧みに表現できるならば日本語にした方がいいと思うが、雰囲気を変えてまで変な邦題をつけるのはやめてほしい。『ジョー・ブラックをよろしく』とか酷い邦題の良い例だ。完全に雰囲気をぶち壊している。多少わかりにくくても「ミート・ジョー・ブラック」の方が良いと思う。『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』という邦題は「ファントム・メナス」を変えるべきだと思った。今までは「帝国の逆襲」や「ジェダイの復讐」と日本語での副題だったのだから「見えざる驚異」とかで問題はないと思う。最近では『裏切り者』という邦題が嫌でした。この邦題が付くことで、本来は社会派の人間ドラマであるはずが、裏切るのは誰だ?といったサスペンスのように見えてしまう。原題は「ザ・ヤード」というタイトルだが、最近の社会派モノで『ザ・コンテンダー』という映画も原題そのままなのだし、『裏切り者』も下手に弄る必要もない気がした。 密かに思うのだが、良い映画ほど邦題もうまく付けられてる気がする。感動作では『ショーシャンクの空に』や『遠い空の向こうに』、『海の上のピアニスト』などは雰囲気にあった良い邦題を付けてると思う。『ノッティングヒルの恋人』や『めぐり逢えたら』など恋愛映画として良い邦題だと思う。『メリーに首ったけ』なんかも好きな邦題だ。 自分が思うに、結局入るように工夫したタイトルを付けても、ヒットしないものはヒットしないと思う。でも、内容はあるが地味な作品に、宣伝としておかしな邦題を付けるのだけはやめてほしい。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
G31 | 2002年01月22日23時19分更新 | |
ザ・ミゼラブル様
私も原題と邦題のカイ離にびっくり仰天すること多いです。ドイツ映画『悦楽晩餐会/または誰と寝るかという重要な問題』なんて原題は単に「ROSSINI」ですよ(音楽家の)。そんな話じゃない!ってのに(あ、映画はなかなか面白かったです)。字幕翻訳者は名前が出るんだから、邦題つけた人も(別に映画の中でクレジットしなくとも構いませんが)何らかの形でわかるようにしてほしい、と思いますね。人間、組織に埋もれると無責任になりがちなので。そういう意味でevergreenさんのおっしゃってる『恋する惑星』なんかは(製作サイドが納得しているのであれば)いっそ清々しい感じがします。まあ、じゃお前「ロック、ストック〜」にどう邦題つけるよ、と言われたら、う〜ん、変にイジクっても万人に納得させるのは無理そうだし、そのままカタカナにしといたほうが無難かな、という気持ちもわかりますが・・・(組織人な私)。 宣伝のあり方について、おっしゃることはわかりますが、このサイトに集う人たちと違って、日本人のほとんどは1年に1回劇場に足を運ぶか運ばないかなので、そんな人たちをターゲットに宣伝してるんだと考えてみたら、お怒りは収まりますでしょうか。誰しもそんな所から始まって、だんだん映画の魅力にはまっていくのではないかしらん。私に関して言うと、時間の許す限りどんな映画でも観に行っちゃうので、逆の意味で宣伝効果はあまりないです。だから実際テレビCM等もあまり見たことない(選択の基準にしていない――ってかテレビ見ない)ので、もしかしたら議論が噛み合ってないかもしれませんが、少なくとも私のようなものに向けてCMをうつ必要は皆無です。とはいえ「もののけ」も「タイタニック」も大大大好きなポリシーのないG31でした。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
washout | 2002年01月22日23時23分更新 | |
まったくザ・ミゼラブルさんの仰るとおりです、反論の余地無しですね。
ゲイリー・マーシャルでみて見ると『プリティ・ウーマン』、『プリティ・リーグ』(出演)、『プリティ・ブライド』、『プリティ・プリンセス』・・・もうこれだけやったら次は「プリティ長嶋」主演で何か一本撮って欲しいですね。
出口調査風のCMは言語道断、そういうCMやった映画はその時点で見に行かないことを心に誓います。 あと、チラシとかポスターなら良いんですが、ビデオのジャケットに「○○○○の△△△主演」「△△△△が○○○○主演を断って・・・」みたいな事が書いてあるのはビデオ屋で倒れそうになります。 この際シネスケから何人か配給会社に潜入させたいですね、頭の悪い邦題付け放題の現状を打開してもらいたいです。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
ジャイアント白田 | 2002年01月23日03時09分更新 | |
同感!皆様の投稿全てにお気に入りコメント投票したい気分です!配給会社に潜入したい!勿論、相棒はトムクルーズで。イイ映画には原題を尊重した言葉を使い、そして質の悪い映画のタイトルを下品な言葉で占拠!そして出来る限り行く気萎えるタイトル付けたいです!アメリカ版ゴジラを『ヤモリ』とかハリーポッター賢者の石を『ネバーエンディングストーリー4』インデペンデンスデイを『アメリカ万歳!』にしてみたい。逆に繁盛したり…(中傷、悪意はあまり無いのでファンの方すみません!) | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
mize | 2002年01月23日05時00分更新 | |
みなさんのご意見参考になります。やはり色々思うところがあるようですね。
KTA.さん、そういえばペニー・マーシャルってゲイリー・マーシャルの実妹でしたね。もし兄のヒット作からプリティにされちゃった事を知ったらペニー傷付きますよね…。 『ニッカー・ボッカー・バカヤロー』…力が抜ける〜。語呂がいい〜。とんでもないB級コメディを期待しちゃいますね。バカヤローといえば、『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファ主演コメディ『男たちのバッカ野郎』なんてのをビデオ屋で見かけた気がします。 コメディ映画だと一転して腹も立たなくなりますね。むしろ感心しちゃいます。大の大人が徹夜(?)で「猫だから…ニャ〜…ニャン…そうだニャンタッチャブルだ!」→『誘拐騒動/ニャンタッチャブル』(原題That Darn Cat)とか、「うーん、デブ、デブ…『プロブレムでぶ/何でそうなるの?!』」(原題Black Sheep)なんて呟いてたのかと想像すると、怒る気にはなれませんです。本人たちも「これは俺がつけたんだぜ」とは自慢しないだろうし…(はっ、もしや女性かも…?)。 そんな世界とは裏腹に、最近素晴らしく詩的な邦題があります。いかにも昔の古き良き邦題という感じの『耳に残るは君の歌声』と『この森で、天使はバスを降りた』です。でも、これは原題のままだろうと思ったら全然違ったのです。『ポエトリー,セックス』のように監督が邦題を原題より気に入ってビデオ化の際にそっちに改題した例などを聞くと、広報部も貢献してるなぁ…と思うのですが、最近は暴走気味という気もします。「この森」も「耳残」も原題じゃ判りにくいかもしれないけど、それにしても走りすぎです。腹は立たないけど、なんとなく「あの邦題私がつけたのよ」と自慢したいのかな〜という感じがします。そのうち広報部が既成の映画に独創的なタイトルを付けるというアーティストみたいな職業になっちゃったりして…そうなったら本当の脚本家の立場がないです。 ウディ・アレン映画の邦題は個人的にいいと思います。古くもなく斬新でもないスタンダードな邦題で、彼の作風にもピッタリです。あとカタカナ邦題が定着する前、『アメリカン・グラフィティ』が『アメリカの落書き』で公開予定だったらしいですが、さすがにそれはダサイのでカタカナのままで成功したという例ですね。 怒るというより困るのが劇場公開時とビデオ化で邦題を変える風潮です。『赤ちゃんのおでかけ』→『ベイビーズ・デイアウト』、原題のままの『I SHOT ANDY WARHOL』→『アンディ・ウォーホルを撃った女』、『ジャニスのOL日記』→『ジャニス・ベアードのOL日記』など、どんどん増えてきてます。劇場公開時に売れなかったからビデオで採算とろうとしてのテコ入れだと思いますが、題名はその映画について語るとき、イヤでも呼ばなきゃいけない大切な名前なので、そう簡単に変えないで欲しいものです。 また長くなりましたが最後に、「マイ」「プリティ」シリーズについて怒ってましたが、セガールの「沈黙」シリーズとレスリー・ニールセンの「裸の」シリーズには何故か腹が立たないんですよね。ニールセンなんかは「あの裸の人だ」と日本で認知されてむしろ本望じゃないでしょうか。 | ||
Re: 怒!日本の配給会社の邦題&宣伝方法 | ||
X68turbo | 2002年01月25日14時21分更新 | |
まぁ、邦題の付け方でも「なんでよ!」と突っ込みたくなる例が多数ありますが
セガール作品の邦題に比べればねぇ、原型完全に全く持ってとどめてないし(笑)
最近のCMと同じく言えることだけど、タイトル、CMを疑問ひとつ持たず信じ込み(洗脳) 何も下調べせずにただただ売れている大ヒット映画を見に行き皆が面白いと言っているから とりあえず面白いと言うような自分に思考能力がないと喧伝する愚か極まる行為を 誇らしげに厚顔で放言する、そんな輩は正直どうでもいいです。 | ||
作品の評価だけでは飽き足らず | ||
BRAVO30000W! | 2002年01月25日17時28分更新 | |
そのタイトルにまで矛先を向けたがるのが人間の性(さが)というものでしょう(笑) ということで、一昨年矛先を向けたサイトを立上げましたが、半年盛り上がって閑古鳥になりました。 ネタが尽きたというのもあると思います。よろしかったら、皆さんの怒りや希望をぶつけてみてください。 http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5577/index.html |