今までとは質の違う事件が起きたのだ。パク・トゥマン刑事（ソン・ガンホ）の捜査手法は、現代では、暴力的で人権無視な違法手段だと非難される。だが、それまではこういう手法が有効だったのだ。それをも否定するなら、現代人であるわれわれは、ソウルから志願してきたソ・テユン（キム・サンギョン）刑事と同じ先入観を持っていることになる。すなわち、頭の弱い容疑者ペク・クァンホ（パク・ノシク）が自分のしたこととして語った証言は、事前にパクやチョ・ヨング刑事（キム・レハ）によって覚え込まされたものではなかった。ああいう方法によってのみ、初めて心の奥底に到達し、真実を吐露する輩もいるのだ（迷彩を見抜く能力は捜査側に必須だが）。昔は、常軌を逸した凶悪な事件はそういう輩のみが起こしていた（と思われていた）。そう遠くない昔まで、社会の秩序はそうやって守られてきたのである。（ちなみに現代ではこの手の輩は責任能力無しとみなされる）

　だが、今までとは質の違う事件が起きた。連続殺人というものは、本質的には、生まれた土地（＝生活習慣、社会との結びつき）と切り離された人間が発生することによって生じる。否、正確に言えば、生まれた土地と切り離された人間の存在が、社会にとって特別なことではなくなり、悪いことでも珍しいことでもなく、当たり前のこととなったときに起きる。むろん事実は逆で、そういう事件がまず起き、そのとき初めて人々は、世の中が変わってしまったことに気づくのだ。容疑者の顔写真をノートに貼り付け、ひらめきの到来を待っていたパク刑事が、こんなことは無駄だと気づくシーンは、そういうことを象徴している。ソウル出のソ刑事が「書類は嘘をつかない」と主張し、合理的な捜査を重視するのは、大都会にいただけに、そういう事象を先取りして身に染みていたのだ、とも言えるだろう。

　映画の中では、アメリカの科学研究所によるＤＮＡ鑑定の結果、採取したパク・ヒョンギュ容疑者（パク・ヘイル）のＤＮＡとは一致しなかった、ということになっている。だがこれは、ヒョンギュが真犯人でないことを意味しない、と思う。本来ＤＮＡ鑑定は確率論であるから、ほぼ間違いなく本人と断定するほか考えられないというケース以外は、法的な証拠能力を持ち得ない。いまから１５年前であるからアメリカといえども鑑定の精度が低かったのかもしれないし、現場から採取したＤＮＡが量的に不十分だったとか、そもそもそれが真犯人のＤＮＡとは別物だという可能性だって十分にある。いずれにしても、証拠として頼みの綱だったＤＮＡ鑑定が彼を真犯人と特定できない以上、彼を検挙して起訴して刑務所にぶち込むことはできないのだから同じことだ。だから彼らはヒョンギュを逃してやるしかなかったが、心証的には真っ黒であるため、法の網の目が真犯人を捕らえないなら、自分が代わって正義を執行してやろう、と思ってソは発砲したのではなかったか。

　重要なのは、誰が真犯人か、ではなく、この出来事以降、犯行は繰り返さなかったってことだ。警察は、犯人を捕まえ真相を解明するという意味での「解決」こそできなかったが、同じ人物による犯行の繰り返しだけは防いだ。ヒョンギュが真犯人でなかったとしても、何らかの形で真犯人には、理不尽な犯罪を心の底から憎むという刑事たちの純粋な想いが伝わった、ということになる。ラストに挿入されるエピソードで、十数年ぶりに最初の犯行現場に訪れた真犯人が「普通の人に見えた」という九つくらいの女の子の証言は、（九つの女の子の”鑑識眼”へ全面的な信服を置く訳にはいかないにせよ）彼が文字どおり普通の人になった、すなわち更生したことを意味している。彼にとって、殺人衝動は、追憶できるほど過去の出来事になったのだ。希薄な人間関係が生んだ残虐な衝動を、刑事たちの強烈すぎるくらい強烈な”人間的”情熱が、こちら側の世界に引き戻した。もちろん、「彼」には伝わった、だけであって、今後このような犯罪を犯す奴が出てきたとして、そいつに伝わる保証はない。むしろ伝わらない例が増えるだろう。確実に言えるのは、殺された被害者の無念が晴らされることだけはなかった。

　事件は、常に社会に先行する。われわれは、いつも後からそれを追いかける。そして、捜査手法だけが、洗練されていく。

80/100（04/12/26記）

注）映画の真実に近づくため、このレビューではところどころフィクション（虚構）を用いていることをご理解ください。