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[コメント] 赤ひげ(1965/日)

三船さんの命日に、黒澤監督との最終タッグ作品を鑑賞。
づん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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実は私の想像をはるかに凌ぐヒューマニズムっぷりに、正直なところ戸惑いを隠せませんでした。その直球っぷりは嫌いじゃないし、むしろそれが黒澤作品の真骨頂だと思っていますが、この作品に限っては、もう限界を突き抜けてしまったように感じました。

幼い子供が年上の女性に「きれいだよ、本当にきれいだ…」なんて台詞を吐くなんて考えられないし、「おなかが迎えに来た・・・」と両腕を天に差し出す佐八(しかも影を使って強調までする)の演出もやりすぎ。こういう部分が国際的レベルにまで達している"映画センス"の良さとも思えるんですが、今回ばかりは感動を通り越して白けてしまう自分がいたんです。それは何故なんだろうと考えてみたんですが、この作品の台詞回しが原因かと思いました。状況を台詞で説明する事が今までになく多かった気がするんです。香川京子にしろ根岸明美にしろ、どことなく説明くさい。「あれは風の冷たい日でした…」なーんて話し始める人、いないよ。

結局、黒澤のヒューマニズムの語り部は三船以外考えられないって事なんだと思う。朴訥とした実直さと、汚れなき真っ直ぐな心と、忠実で真面目な性格と・・・黒澤・三船には共通する部分が多かったんだと思うんです。黒澤の気恥ずかしいヒューマニズムが人の心に届いたのは、三船というずば抜けた体現者がいたからこそ。しかし残念な事に今作での三船はその役割を果たす正確な位置にはいませんでした。

羅生門』ばりの豪雨やリアルな雪、建物の崩壊後のみを見せる慎ましさ、素晴らしい生活雑音の使い方、そして目を見張るほどの立派なオープンセット(三船さんは加山雄三に「立派なセットに負けない演技をしよう!」と言ったそう)!数え上げればきりがないほど好きなシーンはたくさんあったし、尺の長さをものともしない娯楽性も黒澤ならでは。けれども私の中で釈然としない何かがあるのも事実なんです。同じ貧民を描いた作品なら私は『どん底』の方がはるかに好きだし、無骨なヒーローを描いた作品なら言うまでもなく三十郎には叶わない。

思ったのは、黒澤も三船も年をとったんだという事。黒澤のヒューマニズムの中にはセンチメンタリズムが色濃く影を落とし、三船は育ちすぎた。黒澤×三船の集大成として評価されるべき作品だと断言しますが、私にとっては物悲しさが滲んだ作品でもありました。

それにしても保本とまさえの内祝いの席で、小津溝口、黒澤という三大監督の寵児である笠智衆田中絹代、三船敏郎が並んだ画面には、全く別次元の、ある意味宇宙的とも言っていいようなオーラが漂っていて鳥肌が立ちました。作品とは関係ありませんが、妙に感動を覚えたシーンの一つです。

さて、これで黒澤×三船16作品全て観終えました。後にも先にもこれ以上のコンビが生まれていない事を踏まえて、この奇跡のタッグを神様に感謝せずにはいられないです。今後も一生涯の間、私は彼らの作品を観続けようと思うし、この素晴らしい宝を、日本人として誇りを持って大切にしていきたい。

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08.12.25 記

(評価:★4)

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