[コメント] ゆれる(2006/日)
「ゆれる」とはまた象徴的なタイトル。橋はゆれるし、事件も感情も、つまりはこの映画の中の人たちも映画をみた私もゆれました。動きのないところでは、ものは見えやすい。でも、動きのあるところでは、いろいろなものが見えにくくなる。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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事件が起きたことは事実。しかし、その真相は私たちに見えない。たとえば、弟が見たという光景が提示されない。事件の真相のみならず、登場人物たちの本音も見えない。だから、彼らに感情の発露があるたびに「本当はそうだったんだ?」と振り回されてしまう。彼らは自分の気持ちを話しているようでいて実は相手をさぐって読もうとしている。それなのに、お互いそこを突くことはなく、はぐらかしたり言葉を飲み込んだりしてしまっている。言葉を信じていないように見える。結局、最後の最後までやっぱり「本当」はわからない。彼ら同士にわからないことが私たちにわかりっこない。
兄・香川照之の法廷での振る舞いはまったく見事で、息も荒く発言する彼を見ていたらこちらまで息が浅くなってきた。法廷で、弟が自分の見た「本当」を述べるシーン。あれはすべてを敵に回したようでいて、逆説的に兄を救ったように思える。それは私が、弟の「ほんとうの兄を取り戻したい」という言葉を信じたからだし、その瞬間の兄の謎めいた笑みも満足そうに見えたからだ。
7年後のラストシーン。やっぱりどうなったか見せてくれない。といっても、これら数々の「わからないこと」がこの映画の中では魅力になっているから面白いのだ。
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