[コメント] ガチ☆ボーイ(2007/日)
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普通にいい青春難病映画だった。4度目の告白のシーンなんかは陳腐ながらも力を持って描かれているし、主人公の絶望と不安もあざとさなく伝わってくる。やりにくいテーマを単純明快にまとめ切ったそのバランス感覚が気持ちいいと思った。ただプオタの僕がここで話すべきなのはそんなことじゃない。
この映画、主人公は一度たりとも筋書き通りの試合をしない。デビュー戦からクライマックスまで、終始ガチンコで走り続ける。だからこその「ガチ☆ボーイ」。少なくとも彼自身の内面において、彼がやっているのはプロレスじゃない。「プロレスの技を使ったガチンコ」だ。これ僕のようなプオタから見れば唾棄すべきファッキンムービーなんだよ。例えば相撲モチーフの映画で、ガチがどうしてもできないから全身全霊を賭けて美しい八百長に挑む「ヤオ☆リキシ」とかあったら、相撲ファンは普通に怒るじゃないか。これはそういうことだ。
劇中、キャプテンが幾度となく口にする「ウチは安全第一なんだよ!」という言葉。一見さんが聞いたらどこか間抜けな風情すら漂うこのセリフは、実は本当に重たいセリフだ。僕らはリング上で命を落としたレスラー、障害を負ったレスラーを何人も見ている。「八百長だ」「ショーだ」と揶揄されるプロレスが、どれだけ危険で壮絶なものかを知っている。だからキャプテンは必死で「安全第一」を説くんだ。ところが物語はそれを「クライマックスに向けてのハードルの一つ」として消化しながら進んでいく。キャプテンも最後は主人公を応援し、ともにガチ☆ボーイと化す。本物のプロレスラーではない学プロの面々が、本物のプロレスとは別物を指向してしまいながら危険度を増していく。本末転倒もいいところだ。
でもね、なのに僕、最後の試合で興奮しちゃったんだ。前述の通り、この映画で描かれているのはどうひいき目に見てもプロレスじゃない。ファッキン格闘技だ。だけどこの「映画自体」を俯瞰して見たとき、これ見事なまでにプロレスになってるんだ。一人の選手の栄光、挫折、再生、そんなものを全部思い入れにして自分の胸に溜め込んで、クライマックスである試合で真剣に「勝ってくれ」と願う。そこに脚本が存在することは知っているのにだ。これがプロレスじゃなくて何だっていうんだ。そりゃ興奮もするよ。偶然にもこの映画は、「プロレスファンがプロレスを観るときの気持ち」を追体験できる作品になってるんだ。違うとすれば、プロレスファンが思い入れるのはレスラーの「実人生」であることだけだ。ここには脚本なんかない。この一点においてプロレスは最高にガチ☆ボーイだぜ。
もちろん作り手の人たちはそこまでプロレスに思い入れなんかなくて、ただ結果的に偶然追体験映画になっただけだと思う。それを僕が勝手に拾い上げて興奮してるだけの話だ。だからもし作り手が知り合いだったら半日説教してやる。だけどプロレスファンじゃなくてこの映画を好きな人は、きっとプロレスのことも好きになれると思うんだ。数多あるプロレス映画の「初心者向け」の棚に置きたい、そんな完全に偏った個人的感想を以てしての☆4。
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