[コメント] 百万円と苦虫女(2008/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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鈴子が周囲からは常に、大人しく清楚な女の子として扱われている事と、その彼女が時折呟く辛辣な独り言のギャップ。この、一人でいる時の毒っぽさと、他人といる時のどこか所在ない様子のギャップがあるからこそ、花屋の青年・亮平の部屋で彼女が見せた素直な笑顔が、他人の前で初めて壁を崩した事を感じさせる。
「不幸な過去を背負っている」「一所に留まる事を潔癖なほどに避ける」「独自のルールに基づく行動」という、アウトローや流れ者としての条件を備えたヒロイン、鈴子。冒頭の出所シーンに続くタイトルバックで「♪シャバダバシャバダバ〜」と呟くように歌いながら刑務所の大きな壁の傍を歩く彼女の姿は、「地獄よりはマシ」という意味の「娑婆」を、どこか空虚さを抱えながらも飄々と生きていこうとする彼女のキャラクターが直感的に了解できる。
尤も、罰金刑にしてはやけに暗く重々しいこの出所シーンや、妙に百万円が簡単に貯まっている印象のあるその後の展開などは、多少、現実感覚が薄い。タナダユキが描きたいのは、半径25メートルくらいの日常に於ける煩わしさや葛藤であり、前科者となる事や、百万円ルールは、鈴子に各地を転々とさせる口実でしかないのだろう。そもそも鈴子の百万円という設定からして、「何となく、何とかなりそうだから」というテキトウな発想なのだから。
その一方、繰り返し出てくる、鈴子が食料を買い込んだビニール袋を持って歩く場面からは、彼女の地に足のついた生活力が感じられる。ビニール袋を手に歩く鈴子が、友人(?)達に絡まれたり、亮平とひと悶着あったりする事で、鈴子が他人と関り合う事なく淡々と繰り返そうとする「生活」への他人の介入が、より印象づけられる。こうした日常感覚的な所での演出力には、確かな手応えを感じる。
鈴子が、経験も無いのにかき氷づくりや桃とりを巧くやってのける様は、彼女の器用さや適応力の表れだが、それはまた、仕事を覚えるのに時間が要らないという事、つまりはその場所での経験の蓄積を彼女が必要としていない事の表れでもあっただろう。それだけに、鈴子がその器用さを少し大仰に(それをする為に生まれて来たんじゃないのかといったような、まさにその仕事にピッタリだという認知の仕方で)褒められる場面も、いっそう皮肉に感じられる。
そこであの花屋の仕事。これは覚える事が多すぎて、一日目は失態を犯す。だからこそ、先輩としてアドバイスをする亮平との関係性も出てくるわけだ。彼の家に初めて鈴子が訪ねるシーンで二人が結ばれるのは、窓の外で彼がネギを育てているのを知った鈴子の、初めて見せたリラックスした笑顔がきっかけになる。ネギと言えば、鈴子が一人暮らしを始める直前のシーンで、彼女を前科者とからかった女たちにぶつけていたのがネギ。亮平の家=ネギを買いに出かける必要のない場所=安住の地、と、それとなく了解できるシーンなのだと思う、あのネギ栽培発覚シーンは。
百万円貯まらないように鈴子に金をせびっていた亮平は結局、「百万貯まったらその地を去る」という鈴子のさすらいのルールと同じ土俵に立って、言うべき事を言わないで済ますという過ちを犯していた。最後に「来るわけないか」と鈴子に言わしめたのは亮平自身であり、鈴子は、弟への手紙で書いたように、言いたい事を言わずに済ましてきた自分との決別を決意していた。亮平を捨てるのは、過去の鈴子自身を捨てる事でもある。亮平との、実は成立していなかった切り返しショットという最後の演出は、ショット間の繋がりを解釈してシーンの意味を了解する事は結局、観客の主観でしかない、という身も蓋もない切り捨て方が鈴子の潔さと一体となり、小気味よいラストだった。
ただ一つ気になるのは、最後の弟宛ての手紙で、この物語の主題を鈴子自身に延々と説明的に語らせていた事。これはちょっと、観客を充分に信頼していないのか、或いはそうした信頼の上に立っての演出を為す力量が足りていないのか。第一、鈴子が自分に勝手に群がってくる連中の勝手な思惑など切って捨てるようにして百万円ルールに基づいて去っていく様は、潔く心地好かったので、最後になって弟からの手紙にメソメソと泣きだすのには唐突さを感じた。これが自然に見えるほどには、亮平やその他の人々との関係性などの中で、鈴子の感情の蓄積が描写されていたとは思えない。この辺りはやや頭で考えた通りに撮って安心している雑さが否めない。監督自身が脚本を書くとそうした油断が生じやすいのかも知れないが。
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