[コメント] 第9地区(2009/米=ニュージーランド)
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冒頭のシークエンスから世界観にはかなり引き込まれる。ヨハネスブルグ上空に巨大宇宙船が現れるというビジュアル的なインパクトに加え、人々の回想インタビューなど臨場感が伝わる演出も際立つ。そして、アパルトヘイトを彷彿させるエイリアンの「第9地区」への隔離と治安悪化など、現実社会への風刺が効いている。SF映画としての設定では、かなりユニークかつ興味深い設定で期待を持たせてくれた。
ピーター・ジャクソンが製作に関わっていることもあってか、メジャー大作では自粛されるであろうグロテスクなアクションシーンも満載。エイリアンだろうが、人間だろうが、殺されるときは一瞬で飛び散ってしまう豪快さ、これにはスプラッター映画的面白さを感じられ、一種の爽快感のようなものも感じさせてくれた。
設定や豪快なグロテスク描写含め、とても個性的な映画であることには変わりないのだが、それがさらに飛躍するための要素がこの映画には実はあまりなかったように思える。アカデミー賞にノミネートされたのは作品賞の枠の拡大もあるが、評価されているという点ではあくまで「設定」だけが先行して評価されているように思えてならないのだ。
なぜなら、アパルトヘイトへの風刺か、難民問題への風刺か、アフリカが抱える問題への言及の要素があまりに弱かった。せっかくエイリアンという異形の生物を登場させるのであれば、それをメタファーとして現実問題を描いてくれないと、その設定の意味合いを感じにくくなってしまう。例えば、『ゴジラ』だったら原爆投下、『クローバーフィールド』だったら911といったように、怪獣映画は怪獣という存在を介して、鋭い風刺を行ってきた。『第9地区』は、暗喩としての鋭い切り口をもっと挿入して、社会派SFの域まで辿り着いてほしかった。
結局、風刺が弱いことで、エイリアンが登場するB級ドンパチ映画でストップしてしまう。であれば、別にヨハネスブルグが舞台である必要はどこにもなくて、架空の惑星だってどこだって同じなのだ。設定以外の作りはすごくストレートなアクション映画の作り。それは主人公の感情の動きや、エイリアンとの交流にしてもそう。それをさらに見せきる工夫がもう一歩足りなかったと思うし、もっと面白くなった映画のはずなのだ。
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