[コメント] 哀しき獣(2010/韓国)
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捨て駒の飢えた狂犬として放たれ、何も生まず、暴力を撒き散らし、飢えたまま帰還しようとするが、帰る家はすでにない。狂犬の顛末を語る冒頭のモノローグは、「越境・接近した結果喰らいあわなければならなくなる」という充分過ぎるほどのテーマの提示。(延吉の犬のカットで足りている)
『チェイサー』もそうだったが、この監督は「接近」の描写が巧い。(逆をいえば、距離を置いたシーンに、今回は冴えが認められる。言うまでもなく待ち伏せのシーンのタメのうまさ。)また、自らの演出意図に即した凶器選定のセンスがある。ゴミ扱いされ、搾取されて飢えた男が溜めに溜めた苛立ちは、肉をえぐり、血をすすることでしか癒やされなくなる。包丁がまさにふさわしいし、喰らい合いのイメージがエスカレートする暴力描写にも誤りはない。喰らうからには喰われることもあることを知り尽くしたようなキム・ユンソクの、達観した凄みがいい(血に「酔う」よりも、血に飽きた倦怠感と真逆に体が反応するような描写のほうが面白いという好例)。骨で殴打するシーンにうまみがある。(朝鮮族の飲食描写が多いのも的確)。
これは「越境」「接近」した結果の悲劇だが、越境が悲劇に至るしかないという世界観はかなり深刻。では越境は駄目かと言われれば線で区切られている限り飢えと憎悪は果てしなく凝縮されていく。ジョン・レノンの「イマジン」が真っ青になって逃げ出すような、進退窮まったリアルな世界観。黄海の真ん中、境界線上でぼろ切れのように果てるラストも訴求力がある。
もともとサスペンスというものには「一線を超える」という越境感が要件のひとつとしてあるように思うから、不謹慎ながらこれ以上いい題材もないかもしれない。ここで見る限り、主人公はあらゆる「一線」に取り巻かれている。その「一線」に「国境」が含まれているのは韓国の切実な問題意識なのかな。
良かったと思いますが、この監督、どこかで何かのこらえがきかなくなるみたいで、特に必要ないのに十字架を入れちゃったり、フラッシュバック演出が時に壮絶にダサかったり、ポン・ジュノ的な戯画演出を場違いな場所で入れるので、膝カックン状態になることがあります。『チェイサー』と同じですね。頑張ってほしい監督ではあります。
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