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[コメント] ライク・サムワン・イン・ラブ(2012/日=仏)

見えないものが饒舌に語りかけてくる根源的な映画力に溢れた傑作。途切れることのない緊張のなか、欲望の細い糸で結ばれたような出会いの陰に、女の空疎と老人の思い上がりと男のエゴが浮かび上がる。なんという寂寥感。容赦のない冷徹な人間監察眼が恐ろしい。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







孫娘と祖母のエピソードを観て、ああ、これは『東京物語』だなと思った。そういえばアッバス・キアロスタミには『5 five 小津安二郎に捧げる』(03)というオマージュ作もあった。今回の翻案は、本作の一部分を占めるキアロスタミの遊びだと思っていた。違っていた。突然、平手打ちをくわされたような終焉の後に溢れ出る寂寥感。人の営みにつきまとうこの普遍的な寂しさは、まぎれもなく「東京物語」と同質のものでありながら、小津とは正反対の裏返しともいえる激しさと意地の悪さに満ちていた。母国を追われたキアロスタミの激しい思いが、この厳しさを生むのだろうが。

その寂寥は綿密で戦略的な計算によって生み出されている。

ひとつは、画面の内と外に溢れる声や音。本筋とは係わりなく画面に流れ込んでくる喧騒としての声や音は、まるで、コミュニケーション先を求めて人と人の間を彷徨う亡霊のようだ。そして、頻繁に交わされる携帯や留守電による一方的(単方向)な会話。ようやくつながった回路は不安や不満のはけ口と化し、ひたすら苛立ちがつのるばかりなのだ。録音の菊池信行(この人はドキュメンタリー映画出身だ)の緊張感に満ちた音場づくりが素晴しい。

そして、語られることのないそれぞれの事情。突然、祖母が上京した理由と、薄々その分けを察している明子(高梨臨)のとまどい。手配師(でんでん)と明子、そして明子をバイトに誘ったらしい友人ナギサの同郷という接点。顧客である老人(奥野匡)と、老人に恩義があるらしい、教え子だといわれる手配師の関係。その老人は実の娘との疎遠を、隣家の女から「あんな事があったのだから・・・」といわれる。さらに、結婚さえしてしまえば、女は黙って言うことを聞くようになるものだという、父の言葉を妄信するノリアキ(加瀬亮)が育った家庭環境や女である母への思い。

そんな、物語の外から聞こえる音や声、ほのめかされはするが決して説明されない事情が、登場人物たちの存在の陰の厚みとなり、それぞれが抱え込んだ孤独や不安を饒舌に語り始めるのだ。その果てに漂うのが、あの如何ともし難い寂寥感なのだ。

・・・・・・・・・・・・

余談だが、私は不勉強にも、サクラエビが名物だという袋井という市を知らなかった。明子(高梨臨)の故郷だとというその街が気になって調べてみた。人口約8万6千人、公立中学が4校、高校は全日制普通科と商業高校の2校だけの、決して大きいとはいえない東海地方の市だった。地図を見ながらその街の風景や生活する人々を想像してみた。

すると、手配師(でんでん)と明子、そして明子をバイトに誘ったらしい友人ナギサの関係や、東京での彼(彼女)らの密接度が理解できるような気がした。さらに、居ても立ってもいられず上京してきた明子の祖母の心情や、東京までの物理的な距離感と、顔を合わせることが叶わなかった孫娘との心の距離も。

「袋井市」という固有名詞は劇中、一度しか出てこない。絶妙な「ほのめかし」だと思う。

(評価:★5)

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