序盤の間、そこに起きているのは、殺意の「感染」（いかにもB級臭い表現だが）であり、間宮（萩原聖人）は言わば未知の地から来訪した「病原体」かと考えていた。しかし、その解釈は真っ向から否定される。タイトルが示す通り、この出来事は「治療」、延いては「魂の救済」であり、それを行う間宮は「伝道師」だと述べられていく。アレが「治療」であるというのは、つまり、我々のいる側の世界こそ病気が蔓延している世界だという事であろう。

では、その病気とは何なのか？それは陳腐な言葉で言えば、「アイデンティティー（連続性）」であると推測される。積み重ねて来た過去とその上に積み重ねて行くべき未来という束縛。過去と未来を見渡す事で瞬間の感情を抑える人間的能力。だから、間宮には記憶が無いし、作ろうともしない（海岸の名前をすぐ忘れるし、「治療」した相手の顔写真に見覚えは無い）。対する刑事・高部（役所広司）は妻の病気（高部のセリフ「あんな女房の面倒を！一生面倒見なきゃいけないんだよ、俺は！」）によって、それが既に半分（間宮のセリフ「刑事のあんたと、夫としてのあんた」）崩壊しているから、間宮の「催眠」にはかからない（「治療」をほぼ必要としていない）し、同時に、間宮からは「俺の言葉の本当の意味を理解出来る人間」と認められる。

しかし、束縛から解放された人間が行うのが殺人であるというのだから、単純な性悪説とも違う、何とも不気味な映画である。当然、『羊たちの沈黙』や『セブン』といった「サイコスリラー」という馴染みやすい（と言うのも変だけど）ジャンルとは全く異質であるし、内容が内容だけに賛否は分かれるだろう。しかし、効果的な長回しといい、音の演出といい、気味悪さ抜群の照明といい、演出は見事としか言いようが無い。また、個人的に言わせてもらえば、この監督の作品としては比較的分かり易く（逆に「説明過多」と嘆く人もいるだろうが）、すんなり見終える事が出来た。それでいて、再見の度に驚くほど発見がある。現代日本映画指折りの傑作だ。

余談であるが、「治療」についてを全て間宮の「催眠」で納得しようとはしない方がいいだろうと感じる。最後に間宮から高部（役所広司）へと「伝道師」の役目が引き継がれる所も見ると、この出来事を引き起こしているのは、もっと霊的存在というか、人知を超えたエネルギーみたいな存在であると捉えていいんじゃないだろうか。恐らく監督のモチーフもそういう所にあるのではと思われる。これまたB級臭く安っぽく聞こえるかもしれないけど・・・。