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[コメント] ケイコ 目を澄ませて(2022/日)

年間ベスト級の傑作と思う。溶明する前に、ペンの音(紙に書く音)。ファーストカットは、文机の卓上ミラーに映ったケイコ−岸井ゆきのの顔だ。縄跳びが床を打つ音。トレーニング器具の金属が軋む音。そこにミット打ちのリズミカルな音が加わる。
ゑぎ

 また、鏡は、ジムのロッカールーム(更衣室)の姿見や、練習場にある大きな鏡も活用される。終盤で、練習場の鏡を拭く(磨く)忘れがたい場面がある。

 荒川ジム(荒川拳闘会)の会長−三浦友和の登場も忘れがたい。電球色のオレンジの光の中で、ミットを繕っているのか、座っている姿。本作も16ミリで撮られたと宣伝されているが、とても美しい色遣いだ。『さかなのこ』と違って、全編綺麗な画面だと思った。ちなみに、ジムの名前の荒川は地名だろう。河川敷が何度も出て来る。あと、ケイコが北千住の駅前デッキからエスカレータで降りるショットも(いきなりステーキのある商店街の方へ歩くショット)。

 主人公は感音性難聴で生まれた時から聞こえない聾者。科白は「はい」だけ2回ある。手話の処理は、サイレント風の黒画面に白文字のインタータイトル、普通に映像の上に字幕、何も出さない、の3パターンある。何も出さないのは、聾者3人で、浅草で会食するシーンなど。また、聴者とのディスコミュニケーションが、執拗に描かれる。マスクをしたコンビニ店員の応対、試合後のカメラマンの要求、道でぶつかって物を落とした人の罵声、河川敷で職質してくる警官、試合中のレフェリーの指示など。コロナ禍で多くの人がマスクをしているから、余計に何を言っているか分からない様子も端的に描かれる。

 ジムでの練習シーンでは、ミット打ちのトレーニング場面が抜群に面白い。だからだろう何度も出てくる。トレーナー役の松浦慎一郎も上手い。足のステップ含めて、まるでダンスのようだ。それを、松浦の肩なめの岸井のショットと、二人のツーショットをアクション繋ぎで絶妙に繋ぐ。終盤の、もう一人のトレーナー、三浦誠己らが、岸井のステップを真似るシーンもいい。

 そして、試合の場面は2回あるが、いずれも最終ラウンドだけピックアップされる。つまり、本作は、よくあるボクシング映画と異なり、試合を見せることが目当てではないのだ。私が試合周りのシーケンスで一番感動したのは、病院で車椅子に乗り、生配信を見ていた会長−三浦友和が、「よし!」と云い、車椅子を自分で動かし始める演出だ。

 あるいは、会長の妻−仙道敦子が、病室で、ケイコの練習記録を読む場面があるが、そのモノローグに合わせて画面化されるシーケンスが、私にとって全編で一番感動した部分かも知れない。一連の回想的処理には、涙が出そうになった。特にケイコの弟−佐藤緋美と花−中原ナナと3人でシャドウする場面がいい。考えてみると、ケイコが書いた文章だが、岸井に読ませるわけにはいかないから、仙道に読ませている、という事情もあると思うのだが、シンプルに仙道の声が綺麗なことにも感動してしまったのだ。

(評価:★4)

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