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[コメント] ベニスに死す(1971/伊)

これはヴィスコンティのオカルト映画だ。
たわば

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画は、人知を超えた見えざる力に支配された主人公が、徐々に死の世界へと引きずり込まれていく様を描いた映画である。その見えざる力とは、この世のものではなく、その正体はわからない。言ってみれば悪魔的な力であり、目には見えなくともその存在を感じずにはいられない力である。そんな得体のしれない力によって主人公が破滅へと導かれてしまう物語はまさにオカルト映画そのものだ。

冒頭で夜明け前の薄明かりの中を進む船。夜と朝そして空と海の間を行く船は、まるで現世とあの世を結ぶ境界線にいるようである。そんな船が向かう場所、それはベニス。ベニスは海上に築かれた都市であり、陸地と海の境界線にある異空間と言えよう。そんな異空間で教授が出会う人物は、この世の者とは思えない怪しい者ばかり。冒頭の船上で出会う白いスーツを着て白化粧したバケモノのような老人。ゴンドラで教授を運ぶ、聞く耳持たない無許可の漕ぎ手。人の神経逆撫でするような笑い声がしつこいギター弾き。教授の回想に出てくる娼婦エスメラルダは船の名前と同じであり、彼女は教授を異空間に導く水先案内人。ホテルの支配人はコレラのまん延を隠して観光客を招き入れる不届き者だ。教授にあんな白化粧をする床屋の感性もどうかしてる。見渡せばみんなホラー映画に出てきそうな人物ばかりではないか。彼らはどこか人間離れしており、まるで魔界の住人のようである。そしてタッジオ。彼は中性的な魅力で、教授のような道徳的な人物を破滅に導く中心的人物と言えよう。意味あり気な視線と、人の気持ちをもてあそぶような微笑みはまさに悪魔的な魅力である。しかしそんなタッジオも脇役でしかない。本当の悪魔とはベニスそのものなのだ。そしてそんな悪魔に選ばれたのが教授であり、ベニスはタッジオを餌に彼を虜にし、その魂を奪ったのである。怪しい人物や魔界に悪魔と、これらはオカルト映画として考えれば定番のキャラクターであり、何の違和感も感じない。

映画をジャンル分けすることにあまり意味はないが、ジャンルを区別することで受け入れやすくなることもあると思う。この映画を芸術映画と思って堅苦しく観るよりは、オカルト映画として気楽に観た方がより身近に感じられるのではないだろうか。この映画と同系統の映画として『オーメン』、『ローズマリーの赤ちゃん』、そして『シャイニング』を思い浮かべた。タッジオはダミアンみたいに悪魔的な魅力を持った人物であり、ベニスの住人はローズマリーのアパートの住人のようであり、ベニスそのものはシャイニングのホテルのようでもある。どの映画も悪魔みたいな存在に人間が破滅へと導かれてしまう物語と言え、この映画がオカルト映画として共通する所以である。ついでに言えば白化粧した教授の姿はほとんど『ゾンビ』。まさに生きる屍のようだった。こんなにホラー要素があるのにそういう客層を逃しているのはもったいないと思い、タイトルをもう少しホラーっぽいのに変えてみた。

ベニスのいけにえ

どうです、これでホラーファンのハートもがっちりキャッチしたでしょう。もっとも、得るものよりも失うものの方が大きいかもしれませんが・・・。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)煽尼采[*] TOMIMORI[*] レディ・スターダスト[*] ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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