[コメント] 妖星ゴラス(1962/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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二人の女がオープンカーに乗り、海辺へやってくる。「泳ぐったって水着持ってきてないじゃない?」「見ているのはお月様だけ!」そうして彼女たちが服を脱ごうとしたとき、真っ白な閃光が二人を包む。まるで、あの虚無の光にも似た――それはロケットの打ち上げが見せた光だった。ロケットには一方の恋人と一方の父親が乗っていた。ふと考えれば、彼女たちが居るべきは彼らの傍ら、打ち上げ現場で、遥か彼方へ旅立っていく男たちを、大勢のスタッフや観衆とともにハンカチ片手に見送ったものかも知れない。でも、その光景は何故か相応しく見えた。その昔、大国が月に達したとき、かの国の大統領が言った。かつて、アダムとイブがこれほどまで遠くに来たことはない、と。半分は嘘だった。遠からぬ記憶――宝島を目指すは常に男と決まっていた。女たちはただ送り出す苦を強いられ、見送る役目を許されたのみだった。やがて、戦争は終わり、時は移ろう。しかし、未だイブに旅立ちが許されなかった時代――されど、いつまでも男たちを待つばかりでいられようか。黄昏、秘密の戯れ、彼女たちがロケットを打ち上げる――美しく、哀しい。
こんな夢を見た
新時代を開拓するはずだった希望の宇宙船がそれを発見する。艇長は酷く嫌な予感を抱くも、本能的な使命感から本来の任務を放棄し、接近を試みる。そして、人類が初めてそれに遭遇する。それは彼方に蠢く巨大な暗黒が吐き出した紅蓮の絶望、止め処も無く湧き上がる理由無き憤怒と憎悪。自分たちが生贄になると知ったとき、艇長は戦時を思い出した。あの時、祖国に殉ずる覚悟を決めた。だが、生き延び、復興と平和のうちに生きて来た。ついに過去に追いつかれたのだろうか。艇長の耳に乗組員たちの万歳三唱が聞こえてくる。同じくかつての死にぞこないたち。古臭く、戯れず、恐怖と悔恨を涙と飲み込み、ただ任務に殉ずる。艇長がこの決断をしなければ、彼らは帰れた。だが、艇長は万感を噛み締め、指揮官を演じきる。渇望の如き祈りと供に――時代は変わり、我々と我々の文明は成長したはずだ。無駄にしてくれるな。
無駄にできるか――二人の科学者は胸のうちに悲壮な誓いを立てた。だが、向き合う現実はとてつもなく重い。政治と世界と人々と。二人が乗るタクシーの車窓には、いつもと変わらぬネオンが映る。繁栄のうちに眠ることを忘れ、悪夢にも気づけなくなった街の灯。兼好法師の言葉、蟻の如くに集りて、東西に急ぎ南北に走る――だが、その日の食卓を満たすことに忙殺される人々を責められようか。二人はただ頭を下げ、理解を求める。空から終焉が降って来る。対立を捨て協力し合う以外に生き延びる道は無い、と。すると、世界も腰を上げる。地上の最果てに希望の光を燈すために。かくして極寒の地に世界各国の産業が結集され、莫大な規模の国連基地が建設されていく。その光景は、いつかの――かつて科学が未来を裏切らないと信じられた時代があった――いつかの夢を体現していた。
新たな宇宙船の乗組員たちは若かった。散っていった先輩たちとは違った。快活で、憂いの無い少年のように戯れもする。縦割り社会に屈せず、御上へ直訴に出向きもする。乗船は任務というより冒険だったし、決まって口ずさむ歌も自尊心の表れだった。わけても中心にいたその男は、意気揚揚とポッドに乗りこむと、躊躇うことなく未知へ挑んでいく。
だが、そこで彼が目にしたのは、神の啓示が刻まれた石版ではなかった。そんなセンチメンタルはどこにも存在しない。ただ、途方も無く燃え狂う虚無――それが宙の果てが吐き出した答えだ。億の営みも、掛け替えの無い者たちも、出発前に喧嘩別れした彼女への想いさえも呑み込まれる。どれほど強く信じていようと、どれほど大切に想っていようと、脆く儚いと思い知らされる。どうしようもない無力を悟った時、彼は壊れ、記憶を亡くした。‥‥僕ならどうなるだろう?
そんな悪夢を見る
社会を成立させている理性も倫理も規律も、或いは糧としているこの想いも、あの闇に浮かんだポッドのように孤独で、何にも保証されていないのだと。それなりにまっとうに生きて、周囲を大切にして、自分が自分でいられて‥‥でも、ある日、どうにもならない災厄に出会う。怖いのは、死ではなく、守ってきた全てを諦めること――それが僕にとってのゴラスだ。
こんな夢を見た
宇宙船が地上に最新の観測データと最終結論をもたらす。爆破は不可能、しかもさらに肥大化している――科学者たちはまたも計算の修正を迫られる。それが二人の科学者に亀裂をもたらす。基地拡大を求める若い科学者に対し、頑として拒む年配の科学者。だが、後者は政治の代弁者になったわけではなかった。国連も無い袖は振れない――彼はもはや覆しようのないところまで来た現実を一身に受け止めていたのだ。それでも、前者は引き下がれず、心を吐く。そう、彼は彼で世界の未来を背負っていたのだ。志を同じくする者同士が立場の違いからやむにやまれず陥る葛藤。そして、飄々と重責を担ってきたかに見えた男が女にだけ見せた弱さ。女はその重さを痛感し、気休めと知りながらも、振り絞るように労い、せめて抱き寄せる。
人事は尽くされた。万全とはいかなった。もうこれ以上の空費は許されない。祈る他無いギリギリの線。だが、無事への願いは覆されるのが常。そもそも、彼らの計画は神に成り代わらんとする所業だった。それが大地の反動を招かないはずはなかった。かくして巨大なセイウチの如き怪物は唐突に姿を現し、人類に立ちはだかる。科学者たちは冷徹に怪物を排除するが、その来襲がもたらした72時間の空費が決定的な爪痕となる。後に遅れは何とか36時間まで縮められるも、妖星は待ったなしで飛来すると、埋まらなかった傷口めがけて猛威を振るう。荒れる空。立ち込める雷雲。猛る風。山が砕け、地が避ける。地盤が沈み、ビルが崩れる。海は陸へと逆流し、村を呑みながら、都市に雪崩れ込む。
しかし、それでも、基地の炎が消えることはなかった。
若い科学者は額に煮えるような汗を浮かべて妖星が去っていくのを見送った。祈りが成就する時、人は最後まで奇蹟の実現を疑うだろう。彼もまた最後まで望遠鏡から目を離さなかった。背負っていたのだ、最後の最後まで。その時、彼は何を想ったのだろう。あるいは、監督は何を想ったのだろう。
どんな夢を見る
若きパイロットは憂いを後にし、未来へ旅立ち、しかし妖星に出会った。そして、過去を失った。妖星が想起させる絶望は絶対的なものだ。滅びうるのだ、人も、家族も、国も。ジャンルものを量産する職人に甘んじ続けた監督が、密かに根ざしていたのは実はその絶望だったのではないかと想う。そして、そんな負に根ざしていたからこそ、リアルな社会とは正反対のユートピアに帰着したのではないか。仮にそうだとすれば、その分裂が、自分には何より切実に感じられる。世界が対立と混沌の内にしか存在しえないことは解っている。でも、だからこそ、想う、あんな世界であったらと。災厄を前に、我を見失わず、誇りを捨てず、憎しみをやめ、団結し、乗り越えられると信じて立ち向かっていける、そんな世界の一員でありたいと。
かすめていった妖星が投げかける暗黒を常にどこかに感じながら。
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