私が子どもの頃、この映画はよくテレビで放送されていた。両親が必ずといっていいほどチャンネルを合わせていた。いったい何回観たのか知らないけれど、かなり観ているはずだ。私はもくもくと観ているのだが、両親は黙っていられない。正直、うるさいと思いながら聞いていると、毎回同じ会話をしている。特に、覚えているのが、どうしても水中を通らなければならないシーン。母が「私はここで死ぬ。泳げないから」と言う。すると、父が「いや、むりやりにでも連れていく」と言うのだ。毎回、毎回、同じシーンで同じ会話をする（ということは、私も毎回観ていたわけだが）。前にも同じ会話してたよと教えてあげようか迷う。「私は？連れてってくれないの？」と聞こうか迷う。しかし、口を挟んだ記憶はない。

この会話が意外と大事なものだと気づいたのはいつだったか。両親が結婚前に一緒に観に行った思い出の映画だということを知った頃だったか。ここ何年かこの会話を聞いていない。でもたぶん、またこの映画を観る機会があれば、こりずに同じ会話をするだろうと思う。映画が特に好きというわけではない両親が、これだけは何回も観ていて同じ会話をかわしていたというのは、映画が好きな私にちっぽけな満足感をもたらしてくれる。ちなみに、私はこの船に乗ったら助からないという自信があるが、両親の会話の中でも数に入ってないので助からないっぽい（というか、会話の設定は私を生む前なんだろうけど）。