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[コメント] 男と女(1966/仏)

美しい天然色の広がる世界、それは、愛する人と繋がり合い、共に視線を交わす事の出来る世界。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







カラーとモノクロが入れ替わるこの映画の手法は、そこに何か法則性が有るのか、それとも感覚的に切り換えているだけなのか、が気になる所。監督自身が意識的に行なっていたのか、無意識に行なっていたのかは分からないけど、この映画の男と女、ジャン・ルイとアンヌの心情の変化に寄り添って見れば、或る必然性が有るように思えてくる。

冒頭の、二人が愛する子供と微笑ましい会話を交わしている場面はカラーなのに、その二人が出逢い、車中で会話を交わす時などは、映像はモノクロ。所が、ジャン・ルイからのデートの誘いにアンヌがOKした後の、車中の二人の場面はカラーになっている。また、二人が互いの子供を連れて船に乗る場面はカラーで、台詞は一切無いが、二人の幸福感が画面一杯に広がっている。その直前の、二人がレストランで会話をする場面では、映像はモノクロだったのだが、この変化はどういう意味が有るのか。多分、その長い会話や、互いの子供たちのあどけない様子などで、二人は打ち解け、そして、もはや多くの言葉を交わさずとも、一緒に居る時間が幸福に満ちて感じられるようになったのだ。そうした心境の変化が、モノクロからカラーへの変化に表されているのだろう。

ジャン・ルイの回想場面で、自殺した前妻の顔のアップが一瞬カラーで映し出されるのも、それが彼にとって、愛する人と共に居た時間、その幸福感がそこに有った事を証しているのだろう。だから、その後の、彼が危篤状態になった事に耐え切れず彼女が自殺してしまうまでの場面では、そうした幸福が失われた事を反映して、モノクロにされている訳だ。ジャン・ルイの二十四時間耐久レース中、アンヌの様子がカラーで挿入されるのも、必死で闘っている最中、彼の心を占め、支えているのが、アンヌだからだ。そのレース後、アンヌからの「愛しています」という電報に狂喜して、長距離を車で走破してアンヌに逢いに行くジャン・ルイ。ハンドルを握りつつ、どうやって逢おうか思案した後の、ようやく、もうすぐアンヌに逢える、という所に差し掛かった時点で、映像がカラーに切り換わり、音楽が流れ始める。恋人と共に居られる幸福の予感が、彼に到来した事を告げている。先のデートで、アンヌが「歩調も一緒ね」と語っていた老人と犬の姿が再び映し出されるが、今度は犬は、元気に走り回っている。アンヌの事を考えながらレースを闘い抜き、そのすぐ後にアンヌの元へ疾走していったジャン・ルイの姿と重なって見える。

さて、そうして遂に二人がベッドで結ばれる場面で、映像がモノクロに切り換わってしまったので、何か不穏な印象を受けたのだが、案の定、アンヌの前夫の影が、二人の間に忍び寄ってくる。ベッド・シーンに差し込まれるアンヌの回想、彼女と前夫との幸福な思い出の様子は、カラーで映し出される。そして、ベッドの上のアンヌの表情は、徐々に翳りを帯びていく。この時、彼女の左手薬指には、指輪が光っている。その後、帰り支度をするアンヌの表情は、感情を遮断した、完全防備の固く冷たいものに変貌している。そこに、老人と犬の映像が映し出される。今度は最初のように、犬は老人に歩調を合わせている。まるで、犬が老人の歩調を覚えていった歳月と、アンヌが前夫と過ごした歳月が、重なり合うように。これでは、喜び勇んで駆け回っていたジャン・ルイが馬鹿みたいだが、実際、この時点で彼は馬鹿をみているのだ。女心と秋の空。可哀想なジャン・ルイ。

こうして見てくると、背景の世界が真っ白になり、モノクロ映像の二人だけになるラスト・ショットは、文字通り、白紙のまま未来を投げ出し、後の物語は二人と観客に委ねているように見え、何とも意味深長。あの映像が、白熱した光で焼き付けられたように、脳裏に鮮烈な印象を残す。

何か派手な出来事が起こるわけではなく、平凡な男女の恋愛の過程が綴られていくだけの映画なので、終始、淡々とした印象を受けなくもないが、実際には、音楽もさる事ながら、カラーとモノクロの巧みな交錯、ショットの切り換えのリズム感など、実に躍動的な映画だと感じた。海岸でジャン・ルイとアンヌが抱き合う場面は、これだけを取って見ると、何でもないメロドラマ的シーンにしか見えないが、それまでに二人が共に過ごした時間の中に有った幸せが、一気に凝縮されたその瞬間の、少なくともその瞬間では一点の曇りもない幸福感には、何か、打ちのめされてしまった。「いかにもフランス的な、洒落た恋愛映画」という、どちらかというと軽いイメージが先行している感のあるこの映画だけど、細部まで計算し尽くされた名作、と言って良い筈。

(評価:★4)

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