[コメント] マイ・ガール(1991/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
最後の方で主役級の人がいきなり死んだりいなくなったりする(野島シンジ的な)話はどうも好きじゃない。
そんなんで泣かせようとするな!泣いたからいい映画だなんて発想は(少なくとも私には)ないぞ!泣く=感動だなんて思っちゃいないぞ!と腹が立つことの方が多い。
けれども、この映画の場合は「ベーダの成長の指標」の一つとして「死をどのように受け入れてゆけるようになるか」というのがあるので(端的に言えばそれがテーマだと思うので)、とても冷静にそのエピソードの意味を理解することができた。
葬儀屋の娘であるという「死」に密接した環境、新しい母(候補)の登場で、自分の中でさらにクローズアップされてゆく実母の死(難産で亡くなったため、ベーダは自分が殺したと思いこんでいる)、そして幼なじみの少年の(これまた自分の指輪がからんだ)突然死。
それらの「死」を通してベーダは「生」を知る。周囲の大人たちに支えられ、ベーダは少しずつ成長する。これは、そういった「少女の成長記録」だ。 そこにはもちろん「初恋」もあるが、(当時は絶頂だったカルキンを前面に出したかったのだろうが)そこにばかり主軸をおいた配給会社には文句だって言いたくなる。これはある意味、女の子版「スタンド・バイ・ミー」なのだから。
「マイ・ガール」の「マイ」は、決して「トーマス・J」にとっての「マイ」だけではなく、ベーダと関わる、彼女を愛する全ての人にとっての「マイ」なのだと思う。観客を含むそれぞれから見た「マイ・ガール」で、「マイ・ベーダ」なのだと。
* 付け加えるならば、ベーダが初めてほのかな恋をして失恋する相手は「詩の先生」で、カルキン演じるトーマス・Jには心の凄く深いところで通じ合っている友情のようなものを感じている、という設定だったはず。トーマス・Jにとってはベーダは初恋だけど…。
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