[コメント] バーバー(2001/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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スタリッシュと評されるコーエンの映像はまさにピカ一。全編モノクロの緻密な画面。最近やたらとフレームが動く画面が多く困ったなー、と思っていた。構図をきちんと決めて人物をくっきり描くこういうスタイルが大好き。
推理小説の傑作に近いティスト。次々に衝撃の事実が展開される。そのたびに、えー、と驚くが伏線もぬかりなく張ってあるので、本当かよ、と内心思うがあざとくない。そのあたりの兼ね合いが実に微妙で快感。綿密に構成された知的なゲームを楽しむ感覚。
コーエンの真骨頂は、それに加えて人物描写にある。少し外れた奇妙な登場人物のエピソード。これがもう私にとってはたまらない。亭主を殺されたアンが夜遅くエドを尋ねてきて、ある秘密事項を目撃したのがこの事件の真相だ、と言う。黒いレースで顔を覆っている。それが真実なのか、精神に異常をきたしているのか、そこが微妙。いかにもありそうな話でぞくぞくする。 前作オー・ブラザーでは外れた人物描写が薄っぺらになってきて私としては残念な思いがしていた。このアンは良かった。
刑務所に面会に行ったエドの前に出てきた妻ドリス。その物腰、服の様子である事態が思い浮かぶ。それには全く触れない面会。忘れた頃、それが伏線であったことが判明する。面会室は共同で、机の端にはやたら泣きわめく女がいる。エドの持っているタバコの灰は落ちそうで落ちない。このシーンも好きだ。
ピアノソナタの映画音楽もいい。エドの表情と相まってどこまでも渋い。
ではそうした技法を駆使して何を描こうとしているのか。この作品ではそれがわからなかった。単なるほのめかしでもいい。現代人の孤独というようなありきたりのテーマでもいい。それだって過不足なくきちんと描いてくれたら大満足である。
そう思ったのは、終わり近くのエピソードが急にずさんになってきた印象があるからだ。孤独になったエドが思い入れているピアノの少女。芸術的才能はないが、性格が良く真面目。権威あるピアノ教授にダメを押されて帰り道、車中でいきなり色情狂に変身、エドに迫るって設定。お決まりの交通事故。空中を飛ぶスローモーションのシーンもおざなり。その事故のため意外な事実があきらか(ここも詰めが少し甘い設定だと思った)になり、また裁判。法廷でなぐりかかる義弟も唐突でその結果も物語の構成上必要なだけで、説得力はない。始めから決まっている結末にむかっての急ごしらえの感がぬぐいがたい。
知的なはめ絵細工の腕前は充分わかったから、その絵に何を描きたかったかはっきりさせてほしい。まことに残念。この手法でカフカをやってくれたら完璧だと思いました。
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