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[コメント] 万引き家族(2018/日)

この一家を語るのに絆という言葉は使わないと決めた。絆という漠然とした概念は、法律という明文の対極にありながら、どちらも人が平穏でいるために無理やり作った安心装置にすぎない。この集団は常人の安全装置の外にいるから恐ろしくもあり、愛おしくもある。
ぽんしゅう

彼らはみな明るく、生活ぶりはどこか呑気にすら見える。精神的な結びつきは決して深くはないが、物理的には息が詰まりそうな狭い空間で密着するように共棲している。彼らの結びつきは無私無欲な善意や正義に根ざしている分けではない。生きるという本能のままに身を寄せ合っているように見える。

彼らはそれぞれに生きにくさを抱えているが、その困難に甘えてもいないし、正当化して言い訳にすることもない。そんなことをしても生活は成り立たないからだ。彼らは決して強くはない。むしろ人としては弱い。でも絆を口にしたり、まして法律を頼ったりしない。その脆弱さや息苦しさを経験的に知っているのだろう。

この一家は家族として私(たち)の理解を超えている。理解できないもとの向き合ったとき私(たち)は、その事実との間に自分の経験や倫理観や公のルール(法律)を使って一線を引き安心しようとする。本当は、私(たち)だって彼らと同じ世界で生きていて、彼らは私(たち)のすぐ隣にいるのに。

この作品を観る直前に、2人の子育て中の若い母親から聞いた話を思い出していた。

小学校3年生の娘がいる30歳代のシングルマザーのA美さんは、体調に違和を感じ病院へ行ったところ予期せぬ妊娠を告げられたそうだ。彼氏にはこれから話すが、娘の年齢を考えたとき、今、結婚するタイミングなのか、はたして彼が新しい父親として相応しのかどうか・・・と言っていた。というより、まずA美さん自身が進んで彼と結婚したいと思っている分けではなさそうに見えた。A美さん、彼氏、小学生の娘、お腹の子。誰の何を優先するべきなのか。方程式などあるはずもない。

もう一人は一歳になったばかりの娘を持つ30歳代のM香さん。夫は管理職で経済的に不自由はないが自身も独立した収入と自由な時間が欲しくて職場復帰をしたそうだ。ところがストレスのせいか生理のたびに経験したことのない苛立ちに襲われ、それが伝搬するのか普段はおとなし娘が異常にグズルのだという。ついに感情がコントロールしきれなくなたM香さんは壁に向かってモノを投げつけてしまったそうだ。そのときの怯えた娘の目を思い出すとまた自己嫌悪で悲しくなると言いっていた。

再婚夫婦の児童虐待。産後鬱による育児放棄。そんな事件が私の脳裏に浮かんだ。もちろん彼女たちが、すぐにそんな状況に陥るわけではないだろう。だが「万引き家族」の予備構成員は私のすぐ隣にいるのだ。私の底浅い経験や倫理観や、感情のない公のルールで彼女たちの間に線を引き理解したような気になることだけは、なんとか思いとどまろうと思った。

「まさか、あの人が・・・そんことをする人には見えなかった」 事件が起きたときに容疑者の隣人が必ず口する言葉だ。私が、いつこの言葉を口にしても、私が隣人にそう評されたとしても、不思議ではないのだ。だから、理解はできなくても、その存在を認めよと、この映画は私(たち)に言っているのだ。

樹木希林安藤サクラが素晴らしかった。特に安藤はこの「理解はできなくても、その存在を認めよ」という是枝裕和のメッセージを自らの感情と身体で見事に体現していた。

(評価:★4)

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