コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ヒトラー 最期の12日間(2004/独=伊=オーストリア)

同盟国日本では到底これからも制作企画すら出来ない作品。
sawa:38

被害者ユダヤ人から鑑賞した視点、占領地欧州各国からの視点、勝者英米露からの視点、親独の南米からの視点。どこの国家で歴史を学んできたかによって本作の評価は大きく違ってくるだろう。

戦後60年が経ち、「ヒトラー」という人物は無条件で(そして無責任に)「悪の代名詞」として記号化されてしまっている。それこそ彼に関する研究映像や書物は世界にどれほど存在するのか知る由も無いが、世に氾濫する娯楽映画・漫画そして日常会話に登場する彼は「悪の独裁者」であり、または彼を単純に記号化したキャラクターを安易に登場させてきた。

そんな「ありふれた」キャラクター像に今回、側近の見たリアルな像が加わった。

作品の最後に秘書は言う。「ユダヤ人虐殺の件は知らなかった。当時若かった自分は未熟だった。」と。この意見は多くのドイツ人の本音だと思う。ここが本作のミソである。

ヒトラーは第一次大戦の敗戦に苦しむドイツでナチス党を立ち上げ、疲弊した経済を復活させ、さらに民族の失いかけたプライドをも生き返らせた。熱烈な大衆の支持の下、彼はドイツを再び一級の国家にのし上げた功績者でもあった。

もしもの仮定であるが、アウシュビッツに代表されるユダヤ虐殺という思想と結果が無ければ、彼は現在の世界でどのような評価を下されるのだろうか。欧州を席捲したナポレオンと同列に評せられるているという説は問題であろうか。

アウシュビッツを知らなかった秘書はその「仮定の世界史」の中で生きていた。そして彼と接していた。だからこそフィルターの無い視点でヒトラーという「個人」を見ていられたのだろう。

多くのドイツ国民も当時は「仮定の世界史」の中で夢をみていた。同盟国日本でも「大東亜解放」という後付の理念に夢を抱いた。当事国の国民は夢を見させられていたという一面があるのは否定できない。

実際よりも肥大化した虚像の指導者の下での戦争遂行といえばヒトラーよりも我が日本の方がそれは顕著だ。本作で怪物ヒトラーの人間としての一面を顕わにする事がどのような意味合いを持つのかは分からない。恐らく各国の観衆によって様々な見方になるのだろう。だが、ドイツでの大ヒットを聞くに及び、良くも悪くもドイツ国内での戦後の「壁」みたいなヒトラーという障壁はクリアーされつつあるんじゃないだろうか。

公に戦争責任者を公言出来ず、かといって大衆自らも責任を取ろうとしてこなかった我が国日本と次元の違いさえ感じさせてくれる作品でした。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (6 人)ヒエロ[*] おーい粗茶[*] SUM[*] 死ぬまでシネマ[*] 新人王赤星 水那岐[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。