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[コメント] ブラック・スワン(2010/米)

エロ・コーチからブラック・スワンに値する誘惑が足りない、熱情が足りないと言われてきた彼女の“白いバレエ”がエロ・コーチが求める“黒いバレエ”に化けた瞬間をね、スタジオのシーンで見せないのは、これ、この映画の限界ですよ。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ともすれば精神の平衡を見失い自傷しそうになる母子家庭で抑圧され自戒しながら何とか日常の輪郭を保ち生きてきた娘が、無意識にダークサイドを解き放ちたいという願望を抱いては、一線を越えるや超えざるや――というクラシカルな少女漫画みたいなお話を間違えることなく綴っていくプロットは、けれども、それをバレエ以外の描写で演出するばかりで、一向にバレエという目玉のアクションで見せてくれないなあ、と思って見ていた。

エロ・コーチがいったいどこを見て彼女を合格にしたのかさっぱり分からなかった。ブラック・スワンに値する誘惑が足りない、熱情が足りないと言われてきた彼女の“白いバレエ”がヴァンサン・カッセル扮するエロ・コーチが求める“黒いバレエ”に化けた瞬間を何でハッキリ見せないのか、と。

何でかと言えば、それをクライマックスの本ちゃんに取っておきたかったから、だ。話の整合性はここで微妙に狂っているのだが、演出は強引なホラー描写で観客を煙に巻き、彼女が真にダークサイドに落ちて行く描写を本番最中の独り相撲ドンデンに託し本映画の目玉にして、最後は死に落ちである。

映像的には、彼女のバレエが化けた瞬間はきちんとしたカタルシスとともに存在した。あのデーモン小暮みたいなメイクの彼女がかました渾身のバタバタは、見ていて胸のすく、見応えのあるバタバタだったと思う。総じて見応えのある映画だったと言ってもいい。

でも、二つの点において私は不満なのだ。

ひとつは、上述したホラー描写と落ちを見る限り、監督は“ともすれば精神の平衡を見失い自傷しそうになる母子家庭で抑圧され自戒しながら何とか日常の輪郭を保ち生きてきた娘”の人生と向き合う気は端からなかったんだろう。要するにこれは、そういうネタがやりたかった映画なのだ。手振れで人生活写! の振りしているだけというのは『レスラー』と同じだ。

もうひとつは、上述した“ブラック・スワンへの羽化”が物語り上で二枚舌になってしまっていたという点で、何でここにそんなにこだわるのかと言うと……

彼女の“白いバレエ”がエロ・コーチが求める“黒いバレエ”に化ける瞬間なんて、クライマックスにとっておかないで、クライマックスに至る前にスタジオのシーンで見せて欲しかった。そしてクライマックスには、もっと狂った、魔王ものけぞる魔女と化した彼女を見せて欲しかった。

オナニーもライバルへの殺意も被害妄想も、そんなのは当たり前のことであって、狂気でも何でもない。

私が思うに、本当の狂人というのは正気のままで狂っているのです。たとえば『ガラスの仮面』の北島マヤがそうです。そういう大怪獣というのは、ニナのように生まれ落ちたことに耐えられず死んでしまう――なんてことはなく、町を破壊しつくすように凡人を踏み潰して生きて行くのです。ライバルもウィノナも平然とぶっ殺して君臨するナタポーが見たかった(それは、ともすれば『ショー・ガール』になりかねない危険性を孕んでいるのですが……)。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (7 人)まー 脚がグンバツの男 ぽんしゅう[*] m-kaz アブサン 緑雨[*] けにろん[*]

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