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[コメント] セント・エルモス・ファイアー(1985/米)

今はもう無い、僕の「ST、ERMO」
ごう

12年に少し足りない昔、学内にある小汚いその扉を僕は叩いた。

一通り芝居の練習を見学した帰り道、その日俺と同じように初めてその扉をくぐった子に「俺は『セント・エルモス・ファイヤー』みたいな芝居がしたいんだ」と話をしながら一緒に帰ったのをおぼえている。でもその子はタイトルを知らなかったらしく、「ふぅん」と気の無い返事をしただけだった。

それから6年間ただひたすら芝居をした。典型的な田舎の県庁所在地。若さゆえの妄想でただひたすら練習をした。最初は15人いた仲間も、すぐに6人になった。僕が最初に一緒に帰った子も辞めた。気付けば数十本の作品に出演し、数本の演出もしていた。

本当に汚い小屋だった。全共闘時代からの残り物で、他の団体が一つの建物にまとめられてしまってからもその建物だけは何故か残っていた。スキマだらけで床もコンパネがところどころ抜けていた。本当に広いのだけが取り柄だけの小屋だった。僕達はそこに6年間、夕方に集まり、練習して、酒飲んで、口論して、芝居を作っていった。

あれから10年。去年ついに取り壊しになるという話を聞いた。今では芝居の動員も3分の1以下になってるらしく惨憺たる状況なのだが、それでも部室が無くなるのは現役の後輩達には死活問題だろう。学内の新しい建物に分不相応な大きな部屋を貰うことで了解したらしい。

親しい後輩の呼びかけで、その街に久しぶりに同期の仲間6人が一斉に集まった。結局取り壊し当日には間に合わなかったのだが、その日は僕らだけじゃなく先輩も後輩も総勢40人近く集まったために、血管が切れるほどのどんちゃん騒ぎが僕には馴染みの無い新しい部屋で夜通し繰りひろげられた。

真夜中、半分は酔いつぶれ、残り半分はまだまだ飲みまくってる頃、僕は壊されて間もない残骸残る空地を見に行った。

地面がところどころ月の光を反射している。それは鏡の破片だった。小屋に壁の一面にあった5m×2mほどの大きさの姿見。今まで一番自分を写した、姿勢を、表情を確認した姿見。僕は破片を拾った。ポケットに入れようと思ったが、また地面に置いた。

前にこの映画を観たときに、一緒に観た子が「彼らはもう2度と集まらないんじゃないか」と言った。その時の僕はそうかもしれないと思った。そんなことはないと思いたかったけど、そうかもしれないと思った。

でも今ならきっと彼らはまた集まると信じることが出来る。彼らが過ごした時間の中でそれぞれが答えを出したからこそ。それぞれがそれぞれの道を歩き出したからこそ。

彼らがそれぞれのST・ELMOの灯を見つけたからこそ。

(評価:★5)

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