[コメント] スタンド・バイ・ミー(1986/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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それを感じさせるシーンがいくつも登場する。
クリスが家から持って来ていた銃に弾が入っていると知らず、ゴミ箱に向けて発砲してしまうゴーディ。知ってて自分に撃たせたなと立腹のゴーディは、フォローするクリス対し「母親に誓うか? もし嘘だったらお前の母親は地獄行きだ」、さらには「小指に違うか?」 とまで言うなど、かなり執拗。
また、線路を歩いている途中、唐突に「僕っておかしいか?」とクリスに聞き、クリスがちゃかすと、本気で聞いているんだとマジ顔になるゴーディ。 これを受けてクリスも、自分が父親だったら神から授かったお前の才能を失わせないと熱く語る。
その他、番をしている最中にクリスがゴーディの前で涙を流すシーン、死体を見つけた場でゴーディが涙を流すシーン、などなど。
とにかく彼らは、この年齢にして、弱い内面を吐露し感情をぶつける。自分の感覚からすると、大人になってからよりも子どもの頃のほうが、他人に内面を見せる怖さがあった。だからこそ、子どもの頃に観た際は特に「よくこんなことが出来るもんだ」と彼らの心情に共感できなかったうえ、理解もできなかった。
が、今は理解はできる。この時期の少年にしかないであろう関係性だろうし、お互いが父親と良好な状況にないという特殊な要因も影響している。
いずれにせよ、繊細なキャラクターと2人の関係性は、90分という短い尺の中で、執拗に描かれているなというのが、今回一番強く感じたこと。
そう感じたのはおそらく、子どもの頃は、犬に追いかけられたり、ヒルに襲われたり、テディのところどころに現れるエキセントリックさだったり、エースのクレイジーさだったり、死体の造形だったり、ロリポップの音楽だったりと、枝葉の部分に意識がもっていかれ、骨子のストーリーの印象が弱くなっていたせいなのだろう。
なお、映像は、記憶にあったものよりもさらに良かった。
線路を歩き始めてすぐ、遠くまで続く行く手を眺めて彼らが一度歩を止めるシーン前後のカッティングではワクワク感が一気に高まる。鉄橋を渡り出すところのクレーンショット、鉄鋼全体のロングショット、線路の隙間から川が見えるショットの手堅さにも惚れ惚れする。
さらに、クリスが番をしていてゴーディが焚火のそばで寝ているシーンのライティングの上手さも印象的。
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