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[コメント] (500)日のサマー(2009/米)

やはりここでもアメリカ映画の圧倒的な地力を感じてならない。それを出演者の側面から云えば、キャスティング能力が抜群に高いということになるだろう。もちろん、まず俳優の人材が豊富であることが前提とはなるが、それにしてもどうしてこうも次から次へと役にぴったりの顔を登場させられるのか。
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**ネタバレ注意**
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ジョセフ・ゴードン=レヴィットの同僚マッケンジー役ジェフリー・アレンドと友人ポール役マシュー・グレイ・ガブラーの顔がとてもいい。脇にしっかりとこういう顔を持って来られるのがアメリカ映画の強さである。最も聡明なのが歳の離れた妹クロエ・モレッツであるというのもことさら目新しくはないにしても楽しい人物配置だ(また、タイトルバック明けに彼女が「自転車」で登場するというのが映画への期待感を一気に高めてくれます)。そして、もちろんズーイー・デシャネル。ちょいと気になる娘さんが「私もザ・スミス好きよ」などと話しかけてきてもそんなものは「運命」というよりむしろ罠だと心得よ。と日々自らを戒めている私であっても、相手がデシャネルであったらそりゃ即ケーオーされてしまうだろう。しかしながら、この映画のすべての被写体の中で最もカメラから愛されているのは間違いなくゴードン=レヴィットである。たとえばカラオケのシーン、バストショットで凝視されながらピクシーズ“Here Comes Your Man”を歌ってあれほどサマになっているというのはちょっと凄い。お前は俺か。俺なのか。と問い詰めたくなる振舞いばかりをしてくれるゴードン=レヴィットだが、ピクシーズ“Debaser”を熱唱して女子から総スカンを食らった過去を持つ私とはやっぱり性能が違うぜ。などということはどうでもよいとして、もっと基本的なところで云えば、たとえば喜怒哀楽の表情の豊かさ。一見すると細い目の実に地味な造作だが、彼の顔こそが全篇を通じて画面を求心的に支えている。

時制操作については取り立てて斬新だとも思わない。「日数」が一貫して同一形式で表示されることから時制が「シャッフル」されているように見える仕掛けだが、実のところ大まかには「第一日目」から「第五〇〇日目」まで時系列に沿って物語は進んでおり、そのところどころでフラッシュバックやフラッシュフォワードが挟み込まれる構成と見ても何ら差し支えはない。そうであるならば、そのような映画は既にごまんとある。しかし付言しておきたいのは、(ナレータの存在が示唆しているように)これは五〇〇日間が終了したのちでなければ取りえない俯瞰的視点だということだ。それは「物語」ないし「主人公」と演出家の間の〈距離〉であるし、その〈距離〉は演出家と脚本家が異なる人物であることに理由を求めることができるものかもしれない(脚本家の実体験に基づいて拵えられたという物語は、当然演出家の「私-映画」にはなりえない)。

あるいは、こういう云い方をしてみよう。出演者の「カメラ目線」、いかにも『世界中がアイ・ラヴ・ユー』な「ミュージカル・シーン」、通常の会話が行われると同時に字幕によって「心の声」を表した『アニー・ホール』のように、分割画面で「期待」と「現実」を同時に見せる演出。マーク・ウェブウディ・アレン的感性の持ち主でもあるということは私には疑いないものと思えるが、微笑ましくも情けなくもある普遍的な男の恋愛風景(アレンが描きつづけてきたものでもある)を活写しながら、それがこの映画においては見事に当世風にアップデートされているのも、やはりウェブが節度を保って演出に専念しているためではないか。彼が目いっぱいの親しみをこめてゴードン=レヴィットのキャラクタを造型していることは明らかにしても、アレンが脚本・演出・主演を兼ねた映画に認められる暑苦しい自意識からは解放された清々しい空気が、この『(500)日のサマー』には流れている(もちろん、その自意識の暴走ぶりがアレン映画のよさでもある、なんていうフォローは云うまでもないものですね)。

 ところで、既成ポップソングの選曲センス比べのような音楽使用にはほとほとうんざりなんだ! などと威勢のよいことを吠えつつ、オープニングのレジーナ・スペクター“Us”とエンディングのマムラ“She's Got You High”には全力でハンカチーフを濡らしてしまった私はほんとにあれだな。阿呆だな。と痛感させられました。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)緑雨[*] ナム太郎[*] ナッシュ13[*] 赤い戦車[*]

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