[コメント] はつ恋(1999/日)
私なんぞの世代は「恋」と「愛」の境界について哲学したものだ。 ところがそれ以前に「憧れ」があったとは。否、その前段階ではない。 従来の「恋」がこの映画では「憧れ」、「愛」が「恋」に置かれているのではないか。
「あなたの初恋は?」って聞かれたら、小学生とか中学生(人によっては幼稚園)とか言うでしょ。片想いでも「恋」だったでしょ。「恋は思い出に変わり、愛は憎しみに変わる」という名言を残したのは誰だったか忘れたけど(もしかすると俺かもしれない)、「憧れ」は何に変わるのだ?
そう考えて気付く。いかに世の中に「愛」や「恋」が氾濫していることか。映画、ドラマ、歌、小説、マンガ、バラエティー・・・そしてそれらに影響された「擬似恋愛」。「愛」や「恋」という言葉を簡単に使いすぎる「恋愛過多時代」(命名したのは俺だが)。その数が必要以上に多くなれば当然その価値は下がる。価値が下がれば大切にしなくなる。
「あなたが今している「恋」は本当に「恋」と呼べるものですか?大切にしていますか?」この映画は言外にそう言っているように思える。
珍しくわざわざビデオを借りて初見(なるべく劇場で観るようにしている)した映画。理由は『ココニイルコト』の長澤雅彦監督の脚本に興味があったから。それと『月とキャベツ』以来人気の篠原哲雄作品を観てみたかったから。採点はちょい辛目だが好きな映画。
長澤雅彦脚本は(『ココニイルコト』でも書いたが)細部直球、大筋変化球というハリウッドとは正反対のパターンで私好みであることを再確認。篠原哲雄監督は上手いのかどうかこれだけじゃ分からない。なにせこの映画では役者が長けているから。
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