[コメント] みなさん、さようなら(2003/カナダ=仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
<<資本主義とその他の価値観>>
父親(レミ)に本を一冊も読まないと評された資本主義の申し子セバスチャンは、父と口論しながらも、母に頼まれて、驚くほど機敏に父親の最期を演出する。このような演出は、セバスチャンの行動力と資本力あってこそで、その場に居合わせた誰にも出来ることではない。しかし、全てを現金で処理する彼の行動には、目的こそあるものの、さほどの感傷があったわけではなく、基本的にインプットとアウトプットという、資本主義の典型的な考えに基づいている。その証拠に、交渉に際し相手の慈悲には決してすがろうとしなかった。皮肉にもその結果の産物として、ロマンチスト達(レミとその友人)のユーモラスな会話が成立している点は、価値観の変遷を描いた本作のポイントだと思う。
<<女性像>>
作者の描く女性像も印象的だった。 麻薬中毒のナタリー(マリー・ジョゼ・クローズ)は衣服が乱れていない(それどころか、どえらいお洒落)ように堕落しきっていない。彼女の視線は一目見て詩を感じさせる。 また、セバスチャンのフィアンセが教会の神聖な美術品・骨董品をオークションに出品しないほうがよいと言ったり、見舞いに来た生徒のうち女生徒だけが金を受け取らなかったように、作者の女性に対する考え、女性は純粋である(純粋であってほしい)といった考えが見え隠れする。
レミの2人の愛人を含む旧友や別居中の妻との会話は、下ネタの応酬ではあったが、下品を乱発するものでなく、どれもこれもユーモアに富んでおり、安心して聞けるものだった。レミの人柄を語る上でも重要な演出だと思う。 後で調べて判ったのだが、呼ばれた友人4人が4人とも元歴史学者だったとの設定には驚いたが、なるほどどうりでロマンとウィットに富んだ会話になるわけである。愛人関係をいやらしく感じさせないのも本作の特徴だと思う。ちなみにこのメンバー(元夫婦2人と友人4人)は皆、ドゥニ・アルカン監督の『アメリカ帝国の滅亡』に出演の同士とのこと。こちらの作品は、本作と(下ネタの話題は)連作になっているらしい。これを観ない訳にはいかない。
<<セバスチャンとナタリー>>
ナタリーが携帯電話を炎に放り投げた時の2人の姿こそ、本作の最大の映画的な見せ場だったと思う。炎の中から仕事の話をするパートナー。セバスチャンは電話を取り出すことも出来ただろう。しかし、微笑むだけである。セバスチャンとナタリーの心境はいかなるものだっただろうか?
この2人だけの瞬間にあって、携帯電話など取るに足らないという点は共通意識だったと思う。ただ、それがその刹那の諦めとして割り切るか、ごく自然の意識して抱くか、は大きく異なるところだと思う。資本主義の世界で生きるセバスチャンにとって、多くを考え心に感傷を抱くことは、火中の栗を拾う以上の火傷を負いかねないのである。
ラスト、レミの書斎。セバスチャンには縁のなかった本の数々。ナタリーの本を見る嬉しそうな表情(注;彼女はレミと友人達が語っていた本をしっかりと覚えていた)と、セバスチャンのナタリーを見る満足げな表情(注;この部屋はあくまで彼女に対する下心のない報酬≒感謝の気持ち)が印象的だ。
別れ際にナタリーはセバスチャンにキスをする。 感謝のキスなのか、恋する人へのキスなのか、お別れのキスなのか? セバスチャンの心にこのキスの余韻は長く残るだろうが、この余韻が「再び彼女の元へ訪れよう」などといったセンチメンタリズムに昇華することは(彼に限っては)ないだろう。
<<安楽死>>
レミの最期は十分に幸せだったと思う。一番好きな場所で、たくさんの友人に囲まれ、息子ともようやく心を通わせることが出来、大海に羽ばたく娘からビデオレターも届いた。薬物を注入してくれるのが、自分との出会いを通して麻薬中毒から再生しつつあるナタリーだったことも、最期の最期で自分の存在が役に立ったと誇れるものだっただろう。もうレミは思い残すこともないだろう。 このように、安楽死そのものの描写を、特にその良し悪しをクローズアップするでもなく、またドラマチックに演出することもなく、さらりと表現したのは自然体でよかったと思う。
<<マリー・ジョゼ・クローズ>>
本作でカンヌ主演女優賞を受賞したマリー・ジョゼ・クローズ。とにかく、あの視線は魅力的。眉毛もいい。考える表情から微笑むところがまた美しい。私は彼女の視線に撃ち殺されてしまいました(笑)。マリーになら私も毒を盛られたい!(大ウソ) 彼女を「主演」として評価してくれたカンヌもいいな。今後、大注目の女優です。
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