[コメント] 華氏911(2004/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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マイケル・ムーア「華氏911」を観てきたのだけど、ハッキリいって絶望的にツマラナイ作品だった。映画としても、政治的プロパガンダとしても。明らかに完成を急いだやっつけ仕事である。まずはこんなものにパルムドールを与えたカンヌの見識を激しく疑わざるをえない。なめてんのかタランティーノよ。
ストーリーとしては、ブッシュ一族とサウジ王族との癒着を明るみに出し、現在のアメリカの行っている戦争は莫大な石油利権や諸々の復興ビジネスを当て込んだ、大義とは程遠いものであり、そのせいで若いアメリカ兵士やイラクの無辜の住民たちが犠牲になっている、というもの。そういう筋ならばこんなもんだろうな、という通りに話が進んでいき、前作「ボウリング・フォー・コロンバイン」の各所に散りばめられた「驚き」はここにはどこにも存在しない。
前半は、どこかで見たようなニュース映像がひたすらつぎはぎされていく。数々の「ブッシズム」発言にもはや食傷気味となっている者としては、ブッシュのマヌケさが少々明るみに出されたところでいまさら面白くもなんともない。ブッシュ一族とアラブ王族(ビンラディン家も含め)の癒着も、ちょっと日頃のニュースを見ていれば誰だって知っていることである。社会派サスペンスを気取った派手な演出とスピード感あるモンタージュで多少のスリリングさは感じられるものの、その中身には別に新しいことは何もない。「ボーリング〜」では数々の刺激的な指摘(乱射事件のあった学校とその町の銃器産業との関連、黒人・先住民への原罪意識が復讐の恐怖に転化していること、など)があったが、ここにあるのは単に退屈な常識の再確認である。
後半、イラク戦争の悲惨さを描くシーンも、息子を亡くした母親の冗長な独白と、戦地のニュース映像を組み合わせるが、いかにも素朴なヒューマニズムと階級対立に訴えるだけのものでひたすらに退屈である。ムーアらしさが現れているところといえば、ラスト近くの、議員たちに自分の子供をイラクに送れと詰め寄るシーンなのだが、ここにもたいしたインパクトはない。「ボーリング〜」での、チャールトン・ヘストンの哀愁あふれる狂気を引き出すシーンや、スーパーで銃弾を売ることをやめさせようと詰め寄るシーンなどに比べて、今回のは単に申し訳程度に挿入されているにすぎないのである。
そんなわけで、映画としては面白くも何ともない、と言わざるをえないのだけれど、では、ドキュメンタリーとしてはどうか。「カネ儲け目的で無意味な戦争をしまくるブッシュ/その犠牲となるイラク人民、アメリカ兵士、アメリカ貧困層」という図式は確かに明確ではある。しかし、そんな単純な図式で現在のアメリカの戦争を捉えることができるわけもない。石油利権や戦後復興利権だけを目的としてアメリカがイラク侵攻を行ったと考えるのは、単純な費用便益分析からいっても大いに疑わしいと酒井啓子など様々な識者によって指摘されているところである。イスラエル‐ユダヤ資本との関係や、ネオコンの思想的背景を考察することなくしては、最近のアメリカの膨張主義を説明することはとてもできまい。
もちろん、ブッシュ本人としては単に身内の企業が儲かるからという理由で動いているだけであり、だからこそそこに焦点を当てたのだと主張することもできよう。だが、それはブッシュのみならず現在のアメリカの戦争を著しく矮小化するものである。限られた時間でそんなにいろいろ詰め込めるか、とムーアは弁明しているようだが、この映画(特に後半)には明らかに冗長で無駄なシーンがたくさんあり、それを削って、前半と同じような高速モンタージュでもってイスラエルやネオコンとの関係を描くことは十分に可能だったはずである。それをあえてしなかったということは、別の何らかの政治的意図があったと勘繰られても仕方があるまい(ムーアはユダヤ資本の手先か?とか)。
といっても、この映画の目的が「ブッシュの落選」のための政治的プロパガンダであり、そのためにはさして知識程度も高くない共和党支持層にアピールしなければならないという計算から、思い切った二項対立図式で単純化を行ったのだ、ということもできるのかもしれない。いくらなんでもそこまで観客をナメてかかるのはいかがなものかと思うが、現にアメリカでけっこうな興行収入を得ているという事実からは、その目的はもしかしたらそこそこ成功したといえるのかもしれないし、その実際の効果のほどはよくわからない。でもねえ。こういう単純な二項対立でやってしまうと、逆に、「確かにいくらかの犠牲が出ているのはゆゆしきことだ、でも実際にカネが儲かっているならばそれがアメリカ全体の利益になっているのだからいいじゃないか」というふうな形でブッシュ側にこの映画が利用される可能性だって十分にある。その危険性をムーアはどこまで考えているのだろうか、と思うと、ちょっとこれは心もとないのである。
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