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[コメント] 力道山(2004/韓国=日)

あれだけ日本語で展開されるとどうしても「邦画」的視点で観ようとしてしまう。だけどこれはどこまで行っても「邦画」ではないわけで、そこのズレが最後まで埋め切れなかったように思います。
Myurakz

**ネタバレ注意**
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 ソル・ギョングのほぼ全編日本語演技という努力、これはもう賞賛に値します。イントネーションなども付け焼き刃の域を大きく超えており、外国人が日本語を操るという点では90点くらいは楽に取っています。これはもう凄まじい練習をしたに違いないんです。

 だけどこの90点っていうのは、残念ながら「スタートラインにプラスされる90点」ではなく「スタートラインに近付くための90点」なんです。要は「違和感ない日本語を操って、初めてスタートラインに立つ」という意味。だから力道山という男を演ずるにあたっては、これでようやく-10点のところまで来ているってことなんです。

 結局言葉の壁って思いのほか大きくって、「淀みなく日本語を話す力道山」と「一所懸命日本語を話す力道山」では、物語における彼の立ち位置は大きく変わってしまう。いくら話の筋で「違和感なく日本に馴染む北朝鮮人」として描いても、こちら側からはそう受け取れなくなってしまうんです。彼の「朝鮮語を話す知り合いなどいない」なんて言葉が、全く呑み込めなくなってしまうんです。

 だけどこれは日本においてのみの特殊な現象ってことなんでしょう。いくら日本人が多く携わっていたとしても、これは結局韓国の映画であり、韓国の人々が字幕付きで日本語を聞く分には全てが呑み込めてしまうんでしょう。だからこそラストの病室のシーンではじっくりと韓国語での語りが入るわけで、これを邦画と同感覚で観ざるを得なくなってしまう我々の運の悪さってことがあるように思います。この辺り『キル・ビル』にも近い“損した感”があります。

 ただ問題はそれだけじゃない。僕ら世代のプロレスファンにおいて、力道山という名前は最早「神話の世界の人」なんです。魑魅魍魎が跋扈するプロレスという世界を一人で立ち上げ、それをして「日本の国民的スポーツ」に引き上げてしまった異質の人間。ヒーローであり野心家であり暴君であり、単純にいって「馬場と猪木を両方内包してしまっている人物」というだけでも想像の枠を飛び越えている。そんな男を描くには、「日本で差別を乗り越えながら成功した一人物」というだけの側面ではどうにも足りないんですよ。だから物語の中で彼が善人なのか悪人なのかもハッキリしないまま、ただ稚拙な日本語が一人歩きして「朴訥な赤ん坊」みたいな人物が出来上がってしまっています。ラストの病室では彼が笑顔について語り、その笑顔が最も美しく出ていたのが綾との写真撮影の時であったというオチに繋がっていくわけですが、上記の理由のため、それを観たときに起きる感情は「なるほど!」ではなく「あぁ、そういうことだったのね」っていう“やっと腰が落ち着いた”ような微妙な感覚になっています。しかも僕が観たかったのは“そういうこと”じゃなかったんだな。

 結局言葉の面でも人物像の面でも、日本人が(更にその中のプロレスファンが)観てピタリとくる映画では無かったんだと思います。韓国の人々が平たいスタンスで力道山を描こうとしてくれた、それは大変に嬉しくむしろ有り難いことだと思うだけに、あとはもう仕方ないというか運が悪いというか、僕の母国語が日本語で、趣味がプロレスであったことを呪うばかりです。だってソル・ギョングだけでなく、当時の日本の風景の再現とかも一所懸命だったのがわかるもの。

 それにしてもハロルド坂田を演じた武藤敬司の“陽のオーラ”のもの凄さは何だ。他の多くのレスラーを大きく引き離して、一人で格好良かったような気がします。演技は大したことありませんが武藤さんは最高です。あれが脂の乗り切ったプロレスラーの光なのです。

(評価:★3)

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