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[コメント] 赤線地帯(1956/日)

多様な夜の女たちの生態を、厳しいセリフを織り交ぜて綴られる群像劇。古風で柔らかな三益愛子、優しさ故に、翻弄される二人の美神(ミューズ)京マチ子木暮実千代たち、そして痺れる程の現実主義者若尾文子。それぞれの人物像に立体性があり、人間の実相に迫っている。不可思議な香りもするテルミン風味満載(音楽黛敏郎)の運命交響楽。稀代のリアリスト溝口健二が、遺作にして始めて描いた抽象絵画。
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







三益愛子――ゆめ子

 じっくりと見れば、すごく綺麗な顔立ち。子供(入江洋佑)思いの心配性の母親を情感豊かに演じていた。31本にも及ぶ三益愛子主演の《母もの》は日本映画史にも記憶されるくらいに有名なのだが、この映画もカウントされているのか?町工場の原っぱで子供と再会するシーン。少しフィルムの粒子が粗くなって、ロング・テイク(長回し)で撮られた、二人の迫真の演技。

 「お前なんて嫌いだ。」「親に向かってお前とは何だよ。私はね、あんたを育てるために、こんな情けない商売をしているのじゃないか。」「汚い!」

母を突き飛ばす子供。究極すぎる凄まじい《母もの》(笑、そして涙)

木暮実千代―――ハナエ

 裏ぶれた感じが妖艶であり、その生活感さえ色香に変わる。教育ママ風のメガネ、ある時は粋な和服、また、ある時はヨレたスカートと短いストッキング。黒々とした豊かな髪、更にはカーラーを付けたままだったりして。これって一種のコスプレでしょ、溝口監督!。木暮実千代のフェロモンに、完全に参りました。

 しがないラーメン屋で夫とラーメンをすするシーン、夫が自殺しようとするシーン(その足元のリアルさよ!)、共に侘しい感じが良くでていた。

 「子供のミルクひとつ買えないで、何が文化国家よ。私は死なない。生きてこの世を見てやるわ。淫売が、この次何が出来るか、見極めてやる。」

京マチ子―――ミッキー

 その演技、見どころ満載でした。

 いつも腰を弾ませて、ガムを噛んでいて。アイスクリームの食べかたなんてエロすぎる。根っからの好き者ですね、この人。

 「結婚なんてパンパンと一緒や。毎月一回のお給料と日銭の違いだけや。」と、嫁いで行くより江(町田博子)に冷厳と言い放つかと思えば、反面、初めて客を取るしず子(川上康子)に「かたぎの女もなあ、しょーもない男に捨てるのも、ようけいてる。元気だしや。」と菩薩のような優しさを垣間にみせる、印象深い女性。

 神戸から父親が店に訪ねて来たとき、その演技が凄い。ミッキーが父親をこの眼で見た時、そのすれっからし表情が、神戸の憂いを湛えたお嬢さんの顔に豹変する。そして、この映画的瞬間には、神戸で、しかも、三宮(さんのみや)限定の風までが吹いてきた感じがした!

 「主婦が家の柱か、そんなら、なんでお父さん、お母さんのこと大事にせんかった。お母さん、千度泣いてはった。」

 このあと、画面のトーンが仄かに暗くなり、父親を小馬鹿にするために、誘うシーンが怖い。 淀川長治氏も、このシーンの溝口健二の人間洞察力の深さに舌を巻いていた。

 ミッキーのキャラクター、最高です。この映画の京マチ子は、女優の鏡です。

若尾文子―――やすみ

 やすみの登場の場面が凄かったなあ。お金を握りしめながら、後で彼女の獲物となる「ニコニコ堂」の主人を少し見下しながら、貫禄充分で階段から降りてくる。うなじが色っぽく、美しきお金の亡者(もうじゃ)。うっとり。猛禽(もうきん)類ですね、この役柄。

 やすみとおたね(浦辺粂子)が行燈(あんどん)の灯の下でお金を数えるシーンも艶やかだった。お金が自ら光を発したように彼女の顔を照らし、しかも行燈の灯だから妖しく揺らめいている。完全に操り人形。京人形。

 「始まりといえば、お父さんの会社の疑獄事件のための保釈金20万円よ。たった、20万円じゃないか。私は貧乏なんて大嫌い。」

 若尾文子の持つ冷たく合理的なオーラが、この作品世界に深みを与えている。若尾文子も、やっぱり上手いなあ。

●抽象絵画

 登場人物が深く描かれていて、観客はそれぞれの人生に思いを馳せることができる。しかし、主要人物4人が、等重量かつ等間隔に描かれているので、人物たちの印象が、鑑賞後、数週間すれば見事に相殺(そうさい)され薄れていく。では、その残された『赤線地帯』の印象とは何か。時代の空気である。売春防止法案が国会で審議されていた、不透明でアヴァンギャルドな時代の空気である。複数の具象を、有機的に巡り合わせることにより、今までに無い画期的な美を提示する。『赤線地帯』は抽象絵画の領域にまで踏み込んでいると思う。

 溝口健二は最期の最期まで芸術家であった。その情熱においては、常にゴッホであり、遺作においてはピカソ(特にキュビスム)をも彷彿(ほうふつ)させた。その早すぎる死が惜しまれる。

(評価:★5)

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