[コメント] アイ・アム・レジェンド(2007/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
途中までは凄く良かったんですよ。廃墟のNYを走り回るカモシカの群れ、戦闘機の主翼 でのゴルフの打ちっ放し、素晴らしいCGにがっちり物語りに引き込まれていたのに。。 主人公は人類に壊滅的打撃を与えたウィルスのワクチンを必死に開発する天才科学者という、いけ好かない憐れな勘違い男。やたらグラウンドゼロを口にするし(いやらしいねぇ)。自分の理解できないことが起きると銃を乱射してパニくってみたり(まあインテリなんてそんなモノだろうが。。)となかなかの活躍ぶり。気分は「何とか彼に救いを!」という感じ。さあどうなりますか・・・・。
待望の生存者は主人公とは全く異なる価値観の持ち主。主人公はダーク・シーカーが単なる凶暴な化け物という既成概念から抜け出せず、進化しているかもしれない点に気づけずにいる。他の生存者の可能性についても、科学的な根拠が無い、と否定。自ら他の生存者の存在を望んでいるにもかかわらず、既成概念から抜け出せずそれを否定してしまい自己矛盾、葛藤に苦しむ様が垣間見え痛々しい。
さて、主人公はこの苦悩からどう解放されるのか? 追い詰められ、遂に天啓を得るのだが、それは「やつらは止まらない・・・・」。で自爆(笑)。最後にとってつけたかのようなナレーション。曰く「彼は命をかけて」、曰く「彼は伝説となった」。はっきりいいましょう。アフォじゃありませんよパーですよ、パァー〜〜〜。
更に突っ込んじゃうと、映画の中では天才科学者の主人公が「免疫を持った者たちが生き残り?ダーク・シーカーになった」と言ってるわけで、じゃあ免疫を持っているにも関わらず、ダーク・シーカーになってないあんたはいったい何者??それにダークシーカーが既に免疫を持っているなら、彼らに血清(多分ワクチンのことだと思うのだが)を投与して何の役に立つのか??などなど疑問は尽きません。 要は話の中心をそこに持っていっちゃうと、まじめに考えれば所謂トンデモ本の世界になってしまいます。ウィルス感染がテーマの映画によくありがちな、ワクチン一本でさあ解決!!といった、粗悪なご都合主義ということに(最近では『インベージョン』や『L change the WorLd』などが安くなっちゃいましたね)。まあこの辺はスティーヴン・セガール先生の十八番。彼だけに許された所業です(笑)。
脆弱な理屈の部分はあまり強調すると自殺行為だと思うんだけど(僕だけかな?)。
そこで別バージョンですよ!! 人体実験に使っているダーク・シーカー(女性)に蝶々の刺青があるんですけど、ガラスを破ろうと必死のダーク・シーカー(男性)が動きを止め、ガラスに蝶々の姿をなぞるんですよね。蝶々は主人公と死んだ娘を繋ぐキーワードでもあったのですが、それを見て天啓を得ます。
「。。。すまなかった。。」
天才であるがゆえ、既成概念に囚われて理解できなかったものを理解したのです。 壁にずらっと張り出されていた、血清開発のため犠牲になったダーク・シーカーの写真が さりげなく写し出されるなど、とても心に響く場面でした。 こうして彼はグラウンドゼロの呪縛からも解放され、新しい世界へ旅立っていきます。ちゃんちゃん。 折角張った伏線をきちんと回収している点で、こちらのほうがしっかりした映画になっていると思いますよ。
ラストシーンについては、編集権が誰にあったのか興味のあるところ。たぶん試写をして好評だったほうを、こっちのほうが客が入ると製作会社のお偉いさんが決めたのかな??とするとアメリカでは、公開版の方が好評だったのか??連中は爆発するものとか、英雄とかが大好きなんだなぁ。。。日本だったら別バージョンの方が人気を博しそう。 ちなみに原作に沿って考えると公開版で明言した「伝説」の意味が全然違ってるし。。
劇場で見てから、何ヶ月もあのラストに悶々とした日を送っていたので、す〜〜っと腑に落ちた別バージョンと出会った感動に、長文失礼しました。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (7 人) | [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。