[コメント] バッド・ルーテナント(2009/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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このケイジは大概クズ野郎なのだが、元来はとても真面目な性格なのだろう。腰痛を抱えているという設定にしてから無茶苦茶面白いのだけれども、その原因は正義感からか職務への忠実さからか、柄にもなく人命救助に走ったことだ。また父親と義母、義母と恋人の板挟みにあって、なんとかその関係を調停しようと四苦八苦するところにもそれはよく顕れている。それらのさまは同情を誘うというよりも、やはりまず端的に面白い。そして腰痛持ちらしく不自由を抱えた身体操作、ガン極まりのメイキャップ、サイズが合っておらず不格好な輪郭を描く衣裳が、何をしても滑稽なケイジのキャラクタを形作る。
これを「笑える」映画としてばかり語るのはやはり一面的というか「貧しい」見方には違いないが、ケイジがドアーの陰に隠れてヒゲを剃りながら登場するところだとか、イグアナ越しショットで見せる表情だとか、銃撃戦に呆然とする顔面へのズームアップだとか、ヘルツォークもケイジもいったい何を考えているんだ! と声を上げて笑う観客がいても、誰もその人を咎めることはできないだろう。本当に馬鹿すぎる。
ケイジは仕事でも私生活でも絵に描いたような四面楚歌の状況に追い込まれてゆき、これは観客の期待に応える破滅劇かと思いきや、あることをきっかけに事態は嘘のように好転する。その現実感の欠如ぶりはこれをケイジの妄想として見ることも許容するほどで、また一種の社会風刺でもあるかもしれないが、何よりもまずそれは正しく宙ぶらりんの悲喜劇を実現させる。水族館(?)で体育座りのラストカットにまたしても爆笑しつつ、しかし私はそこで自分が覚える感情の正体を特定することができない。その正体不明のものを、人はとりあえず「面白さ」と仮称している。
ケイジがSergeantからLieutenantに昇進するところから本格的に物語は始まるが、さらにCaptainへと出世してその幕は下ろされる。要するに映画はケイジのルーテナント時代の一部始終を描いているということだが、こうした“The Bad Lieutenant”という題への忠実さも映画の「一貫したバランスの悪さ」に寄与して趣深い。
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