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[コメント] キック・アス(2010/英=米)

この映画で最も過酷なエモーションを引き受け、またそれに応えるアクションとルックスを持った人物とは、云うまでもなくクロエ・モレッツさんである。父親が大好きでたまらないという年齢(不?)相応の女の子らしさと、口汚い殺戮機械ぶりが自然に同居すること。その異常に無自覚なさまが哀しく美しい。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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自らの素性を隠さねばならないスーパーヒーローたちは趣味と実益を兼ねて各自思い思いのコスチュームを身にまとう。そのため、演出家や被写体が意識的であるか否かにかかわらず、映画はほとんど不可避に衣裳論的な分節化を被るのだが、一方で俳優の演技においても通常とは異なる方法論が要請される。それは云うまでもなく、表情の露出が制限されるからだ。アーロン・ジョンソンニコラス・ケイジがもっぱら身体全体の挙動でキャラクタを表現するのに対して、モレッツにおいてはそれに加えて「口」に際立った操作が認められる。彼女はことあるごとに、たとえば「フー・アー・ユ?」と問われて「アイム・ヒッガー」と見栄を切るときなどに、決まって唇をにゅうっと歪ませる。これがいい。こういう小技が効いてキャラクタの本質を特徴づけるとき、観客はそのキャラクタを好きになる。

多くの見所を持った映画だけれども、ここでは次のワンシーンにだけ触れておきたい。ジョンソンとケイジがマフィアに囚われ、それがネット中継されるシーンだ。ふたりがさんざん痛めつけられ、正体が暴かれそうになる絶体絶命の瞬間、場の照明が完全に落ちてモレッツによる救出劇が開始される。そこで繰り広げられる「音響」と「閃光」に解体還元された銃撃戦、ストロボライトのように明滅する画面が緊迫感に溢れて恐ろしく感動的だ。これは何も審美的な面のみから云っているのではない。本当に感動的なのは、そこでケイジがモレッツに対して発する「指示」だ。「“クリプトナイト”を使え!」「次は“ロビンの復讐”だ!」という字面のみを追ったならばただ馬鹿馬鹿しいだけの台詞が、それに必死に応えようとするモレッツのリアクションとあいまったとき、親-子であると同時に師-弟でもあるというケイジとモレッツの関係性が初めてのっぴきならないものとして迫ってくる。そのとき彼らの狂気を批判することはもはやできない。最後の教育、ぎりぎりの愛、その馬鹿みたいな美しさを前にして、歯を食い縛りながら、それでも私は涙を止められない。

(評価:★4)

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